「お宮は、心の洗濯場所です。」この言葉を大切にする、岡山市中区に鎮座する龍之口八幡宮。神社はただ訪れるだけの場所ではなく、人々が心を穏やかにして、新たな気持ちで次の場所に向かえるよう、心を整える場所でありたい。そんな願いが込められている言葉です。
元々はお城の中にあった小さな祠が残り、それが神社として整えられ今日まで繁栄を続けてきました。岡山藩主であった池田光政公とも縁が深く、お城が落城した後、光政公によって神社として再建されました。
山の上に鎮座するため、どなたでも気軽に参拝できる環境ではありませんが、神社としてできることを模索しながら、参拝が難しい方には、別の形での御祈願を受け付けるなど、参拝が難しい方への配慮も忘れていません。
先々代宮司より受け継がれてきた、神社の柱となる「講社」や現在神社で取り組まれている試みなどについて神職様に詳しくお伺いしました。
龍之口八幡宮とは

明確な創建時期は不明であるものの、奈良時代頃の創建と考えられ、創建当初の社殿には池田光政公から寄進されたものもあったそうです。八幡宮であるため、御祭神には武運長久の神様として知られている応神天皇が鎮座されていますが、こちらの神社では「学問の神様」としての御利益も知られています。大東亜戦争の頃の「勝利の神様」としての流れと、受験戦争が過熱化した時代の「受験に勝つ神様」という流れが掛け合わされ、現在も多くの受験生や就職試験、資格試験を控えた方が参拝に訪れます。
八幡宮としては珍しい特徴や、池田光政公と大蛇にまつわる伝説的エピソードなど、数多くの見どころが残されている神社です。
【龍之口八幡宮 特別インタビュー】

神社への登り口は3つ。そのいずれの道中も美しい植栽が茂り、植物の命が芽吹く季節には、とても美しい光景を見ることができます。また、山の上の神社ならではの景観は県内でも随一で、境内から見下ろす岡山市内の景色には定評があります。
「山道を歩いてでも参拝したい」という参拝者の思いと、それをやり切ったという自信が受験など勝負をかける際の自信につながり、受験シーズンはもちろん、年間を通して「勝ち」を目標とする方が御祈願を受けられています。
始まりは、落城後に残った祠から。
年間祈願が可能な「講社」のシステムも。

編集部本日は岡山市中区に御鎮座の龍之口八幡宮様へのインタビューです。まずはこちらの神社のご由緒からお聞きできますか。



いつ頃創建したか、という点についてはきちんと文献で残っていない状態で、歴史についても口伝の部分もあるため、必ずこれが正しいとは言いづらい部分もあります。その上でお話しますと、創建は奈良時代頃だったのではないかと考えられています。今神社が建っている場所には、元々祠のようなお社があり、そこにお城が建っていたそうです。そのお城が落城した後にも祠が残り、それを整えて神社として再建したと伝わっています。



元々は神社としての祠やお社が始まりだったんですね。ホームページでは、池田光政公ともご縁があると拝見しました。



その当時、疫病が流行ったのではないかとも言われているのですが、こちらへ寄付のような形で社殿を寄進され、ここがちょうど岡山城など岡山の中心から鬼門の位置に当たります。そこで、鬼門除けという形で神社としてきちんと再建し、そこに住む民の平穏を願う場所にしたいと思われたのではないかと思います。ただ、光政公がどういった思いで、神社として再建したかということは文献に残っておらず、そういった事実があったということを聞いております。







では、こちらの神社の魅力や特徴についてお聞かせください。



先代の宮司が話していたことで記憶に残っていることがあります。当社は山の中にある神社ですので、歩いて上っていただく必要があります。当社では、年間講社というものを実施しており、その一年間を祈願するという講社です。他社では崇敬会という名前で呼ばれている所も多いと思います。そちらに加入していただいた方には、家内安全や学業成就の年間祈願なども行っています。



年間で祈願ということは、一年間いつお参りに来ても御祈願を受けられるということでしょうか。



はい。一年のうち、いつお参りに来ていただいても御祈願を受けていただけます。これはほかの神社ではなかなか見られないことだと思います。そして、先代宮司が話しておりましたのは、山の上の神社ということもありやはり参拝に来られる方は、登れるだけの体力がある方です。多少の苦労をしてでも山へ登り、御祈願を受けたいという気持ちでその苦労を乗り越えられる方が多いんです。参拝経路は3つあるのですが、そのうちの1つには、ロッククライミングの練習にも使われる高さ約200mの石の壁があるんです。そういった場所も超えて登って来られると「自分はこれだけの道のりを超えて来たんだ」という自信に繋がります。そういった自信を受験や資格試験合格のための力にしてほしい、そして皆さんが笑顔になってほしいという願いが根底にあります。それは宮司だけでなく、私たち神職一同も同じ思いです。



確かにそうですね。山の上に御鎮座されているということですが、参拝に来られる方は麓から歩いて来られるのでしょうか。



そうですね。駐車場は一般の方には開放していないので、参拝される方は山の麓に車を停めていただき、そこから山を登って来られる方が多いです。成人男性で約30分ほどで登ってきていただけるかと思います。



先ほどのような、参拝のために山を登ること自体が自信につながるというのは、山の上の神社ならではのお考えかもしれませんね。



そういった気持ちを込めて日々ご奉仕しているということも皆さんに伝われば嬉しい限りです。



成人男性で徒歩30分前後ということですから、それなりの道のりかと思います。



山の上の神社ならではの特徴と言えば、当社には実は水とガスが通じていないんです。



え!?それは本当ですか!?



実はこの山は人が住んでいる場所というわけではなく住民票を置くことができないんです。私たち神職もこの山に住んでいるわけではありませんし、人が移住しているわけでもありません。住民票を設定できない場所となると、インフラ周りの申請をしてもなかなか通ることが難しいんです。電気は引かれているのですが、それも大東亜戦争以降の今から約50年前に通じました。そのため、参拝者や講社に加入されている方の中には、時折お水などを奉納していただく方もいらっしゃるんです。それは神社にとってもとてもありがたいことです。



素敵な善意をお持ちの方がいらっしゃるんですね。岡山市中区と言うと、本当に岡山の中心地かと思いますが、山の上となるとそういった事態も起こり得るんですね。



当社は中心街から少し離れた山の上の神社ですので、そういったインフラ関係など少し不便と思われる部分もありますが、その分境内地からの景色は格別です。当社の境内は東西に長いのですが、西側からは岡山の市街地を一望することができます。その光景は本当にここだけのもので、特別なものです。標高は約200mほどで、冬場の寒い日には雲海が見えることもあります。





雲海ですか!それは素晴らしい光景ですね。植栽も豊かと拝見しました。



はい。山ザクラも美しいですが、初夏にはヤマツツジがとても綺麗に咲き誇ります。当社への登り口は先ほど申し上げたように3つあるのですが、石の壁がある道ヤマツツジがたくさん咲き、とても綺麗です。



山を登る道中も綺麗な光景に囲まれながら登ることができるんですね。



ほかの登り口は公園からの登り口と、四御神(しのごぜ)と呼ばれるエリアから登っていただく道がございます。ヤマツツジが咲く道には、重ね岩と呼ばれるものがあり、それはかつてこの龍之口山で修験道として修業を行われていた方が使用していた大きな2つの岩なんです。そこで修行を積んで、何か開眼したなどの歴史もあり、山そのものが霊験あらたかな場所として知られていたようです。霊験あらたかな場所だからこそ、自分の中のさまざまなことに気づく、目覚める感覚もあるのではないかと考えられていたようです。



インスタグラムでは、神社までの道のりも詳しくご紹介いただいていますね。山の上にあることは分かっているけれど、どうやって辿り着けばいいのか分からない方もいると思いますので、とてもありがたいですね。



そうですね。道のりのご案内については詳しくご紹介しているので、ぜひ初めて参拝されるときには参考にしていただきたいです。
「学問の神様」でも親しまれる、珍しい八幡様。





先ほど、講社のお話の中で学業成就の御祈願も受けられるというお話がありましたが、八幡様をお祀りする神社で学業成就というのは少し珍しいように思います。どういった所以があるのでしょうか。



おっしゃるように、当社は八幡様をお祀りしていますので御祭神は神功皇后、応神天皇、玉依姫命(たまよりひめのみこと)の三柱の神様です。霊験あらたかな場所であり、応神天皇さまは国家安寧の神様でもあります。さらに、応神天皇さまは大東亜戦争の頃に武運長久の神様としてその名を知られたことがありました。皆さんがこちらへお参りされ、必ず生きて帰ってこよう、戦争に勝とうという思いを抱かれていたようです。そして、時代が流れ受験戦争がテレビなどで話題になった時代に、実際の戦争と受験戦争を掛けて、「受験戦争に勝つ」というような風潮が流行したことがありました。当時は全国メディアでも取り上げられたこともあり、地域でも学業成就の神様として知られるきっかけとなりました。これが、応神天皇さまと学業成就がつながった所以なんです。



そういった歴史があるんですね。偶然ではあるかもしれませんが、この神社ならではの特色になるかと思います。



最近では受験戦争という風潮もなくなりつつありますが、就職試験や資格試験の合格の御祈願に訪れる方は多くいらっしゃいます。昔ながらの受験に勝つ、勝負事に勝つ御祈願を受けるという流れは、今も受け継がれています。実際に、当社へ合格祈願をして受験に成功したという方もいらっしゃり、そういった成功体験も相まって、八幡様でありながら受験・学問の御利益があると広まったのだと思います。



実際の成功体験を聞けると、「やっぱり御利益があるんだな」と思えるので、参拝に訪れようと思う方も増えるかもしれませんね。



また、受験生の方はラジオを聴いている方も多いんです。岡山のローカルなラジオ番組では「受験の御祈願と言えば、龍之口八幡宮ですよね」というようにご紹介いただくこともあり、そういった影響もあるかと思います。



地域の皆さんにとっては、「受験の御祈願=龍之口八幡宮」という認識なんですね。



ただ、現代は本当に多くの情報がありますから「当社には受験に強い御利益がある」ということも、今まで以上に発信していかなければ埋もれてしまうとも思っています。当社の神職一同、広く皆さまに知っていただきたいと思っているので、SNSなども駆使しながら情報発信に尽力していきたいと思っています。




今、やれることを精一杯。
参拝できない方へのサポートも。





では、地域の方と共に行われている行事はありますか。



以前はあったのですが、近年は少し少なくなってきているのが実情です。現在は、お祭りに来ていただいた参拝者に対して神様へのお供えものをお供え下がりとして、お渡しする形になっています。それがホームページに書かれている「講社大祭」というもので、参加される方は講社に加入している方がメインなのですが、加入されていない方にも境内に入っていただき、お祭りに参加していただいています。お祭りでは、交通安全や成績アップなどの御祈願をしています。その後、講社の代表の方3名ほどに玉串を行っていただき、最後に「幸をいただいてくださいね」という思いで、お供え下がりを皆さんにお配りしています。盛り上がりのある行事というよりは比較的厳かな雰囲気で行われるお祭りです。



特殊な立地でもありますから、こういった神社ならではのできるお祭りを続けられているんですね。



以前は茅の輪くぐりも実施していたのですが、近年の猛暑で龍之口山の茅が枯れてしまい大きな輪を作ることができなくなってしまったんです。最近では、境内に茅をいくらか差して、小さな茅の輪を作るなどしています。もちろん御祈願に来ていただいた方には、茅でお祓いはするのですが、大々的な行事としては行っていない状況です。ただ、そういった状況だから仕方ないと何もしないのではなく、職員で話し合い御守りや絵馬を新しくするなど、できることで神社の新たな魅力をアピールできればと思っています。



御守りも見直されているんですね!デザインなども神社職員の方で考えられているのでしょうか。



はい。当社オリジナルで考案したものをいくつか作り頒布しています。今年1月には新しく合格守りを作るなど、ほかの神社にはないオリジナルの御守りを作っていきたいと思っています。







できないこともあるけれど、できることを模索して参拝される方に楽しんでいただきたいと思われているその姿がとても素敵です。神社の皆さんで知恵を絞られているんですね。



ほかにも、山の上の神社に参拝することが物理的に難しい方には、時代に逆行する形ではありますがFAXで御祈願のお申込みを受けることもしています。すべての世代の方が比較的頼みやすい形を維持していきたいと模索しているところです。また、先ほども話したように、インスタグラムも運営していますので、そちらでもコンスタントに発信を続けていきたいです。
大蛇にまつわるエピソード。
境内に残る「天狗社」との関連も。





では、こちらの神社にまつわる特別なエピソードはありますか。



神社が建っているこの山は、かつて池田光政公が狩猟の場としていました。イノシシや野ウサギ、キジなどを狩りの対象とし、狩猟を楽しまれていたそうです。あるとき、光政公が狩猟の帰りに川へ立ち寄ったときそこに白い大蛇がいて、光政公が矢を放ったものの当たらなかったそうです。ですが、光政公が「ここで退いてくれるのであれば、以後は龍之口八幡宮の守護神としてお祀りしましょう」と発言したことで、大蛇が退散したという伝説があります。あくまで伝説ですが、光政公がここを狩猟の場としていたのは事実です。実際には少し大きめの蛇だったのかもしれませんし、矢が単純に外れて蛇は自らどこかへ行っただけかもしれませんが、今で言うアルビノのような影響で白い蛇がいたという事実も残されています。そういったことからこの伝説にもいくらかの信憑性はあると考えています。



大蛇との関係があるんですね。現在神社にもその伝説と関係するものはあるのでしょうか。



確実にそうだとは言えないのですが、境内地に天狗社というお社があり、その1つに龍神様がお祀りされているので、そこに結び付くのではないかと考えています。ただ、神社との関係については口伝も残されていないような状況なので、詳しいことは分かりません。ただ、その龍神様は雨の神様でもあり、雨を降らせる・止ませるどちらにも御利益のある神様だと言われています。昔は農業を生業にしている方も多かったので、神様へ祈りを捧げて雨を降らせることで肥沃な大地でお米や野菜などの農作物を育て、降り続けると腐ってしまうため、雨を止ませる御祈願もしていたのではないかと考えられています。あくまで伝説なので実証はできませんが、天狗社が残されていることにはそういった意味があると考えています。





すべてを明るみにするのではなく、分からないからこそ面白い部分もあると思います。いろいろと想像ができて楽しいですね。
今後の展望


龍之口八幡宮は、先々代宮司により始まり、先代宮司が年間祈願という現在の形に整えました。この神社は講社に加入されている方々に定期的にお参りをいただくことで年間の賑わいがあるため、気候の良い季節には、より多くの方に足を運んでいただけるような工夫をしていきたいです。講社という形が、今後も神社の柱としてきちんと機能するように支えていきたいです。
AIやSNSを積極的に活用しながら、これからの未来に神社をどう残していくか、そして氏子さんや崇敬者の方々とのご縁をどうつなぎ続けるかを考えることが大切です。これまでつないできた縁を100年後、200年後にもつなぎ、岡山でずっと愛され続ける神社でありたいと願っています。
インタビューまとめ
八幡神と言えば、武運長久の神様として知られているため、最初にホームページを拝見したときに「進学成就」「試験合格」などの文字を目にし、どういった所以があるのだろうと気になっていましたが、神職様のお話がとても分かりやすく、また興味深いものであったため納得することができました。
水とガスが通っていないなど、昔ながらの環境を残す神社ですが、それは状況的なものだけであり、SNSの活用なども積極的にされ、神社の神職様一同の思いは常に未来を見据えられているのだと感じました。
「できないことを嘆くのではなく、できることを精一杯やる」。それがこの神社最大の強みであり魅力だと思います。その思いが100年後にもその先の未来にも、受け継がれていくことを願っています。
龍之口八幡宮
住所:岡山県岡山市中区祇園996
社務所TEL:086-275-3332
URL:https://tatsunokuchi.net/








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