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五方山 熊野神社 葛飾区立石地区、晴明公ゆかりの下町の神社。

五方山熊野神社の外観

山田洋次監督の人気作品『男はつらいよ』、秋本治氏原作の『こちら葛飾区亀有公園前派出所』など、誰もが知る作品の舞台となっている東京都葛飾区。東京都内でも下町として知られ、浅草やスカイツリーなどに近く外国人観光客も多く訪れる人気観光スポットです。人情味あふれる人が多いのも、この町ならではの魅力です。

そんな葛飾区の中でも多くの主要施設が揃う立石地区に、五方山熊野神社は鎮座しています。安倍晴明公ゆかりの神社として知られ、他の神社では行われていない「新月・満月の夜参り」や陰陽道にちなんだ御守りの頒布など、晴明公ゆかりのこの神社ならではの見どころが多くあります。

今回は、宮司様にこの神社の特徴や見どころ、そして晴明公との繋がりについてたっぷりとお話を伺いました。

目次

五方山 熊野神社とは

熊野神社の巫女

創建は今から1000年以上前の長保年間。長い時間を同じ場所で見守ってきたこの神社は、陰陽師として有名な安倍晴明によって勧請され、年間を通して多くの人々が参拝しています。最寄り駅である「青砥駅」からは徒歩10分ほどで、アクセスの良さも参拝のしやすさに繋がっています。

その境内地は全国でも非常に珍しい正五角形をしており、その他にも「5」にゆかりがあるため「ご縁のある神社」として知られています。境内には季節の草花が色づき、都内でありながら豊かな自然を感じることができます。その自然環境は隣接する幼稚園に通う子どもたちにも親しまれ、温かな神社の雰囲気を創り出す要素の一つとなっています。

下町の人情味を感じられるこの町で、1000年以上の時を刻んできた熊野神社。多くの見どころに富むこの場所で、町と人を思い生き続ける神社です。

【五方山 熊野神社 特別インタビュー】

熊野神社の提灯

大きくうねる七曲りの川、中川。その川を望む立石地区に鎮座する熊野神社には、晴明公にちなんだ11日間のお祭りや、オリジナルの盆踊りなど、実に特徴的な部分が多くあります。その一つひとつについて、宮司様の思いをお伺いしました。

下町の香りを色濃く映す、安倍晴明勧請の神社。

編集部

本日は、東京都葛飾区に鎮座されている五方山 熊野神社様へのインタビューです。葛飾区という地名はもちろん存じ上げており、下町という印象ですが、こちらはどういった地域でしょうか。

宮司様

おっしゃるように下町です。葛飾と言えばやはり寅さんが有名で、柴又には観光客の方が毎日多くいらっしゃいます。また人情深い方が多い町でもあります。浅草やスカイツリーへも電車で10分ほどの距離ですので、そちらへは外国人観光客の方も多くいらっしゃるようです。

編集部

では、まずはこちらの神社の歴史や由来からお聞きしたいと思います。創建時期はおおよそ分かっているのでしょうか。

宮司様

今から1000年以上前、一条天皇の長保年間(999〜1003)に創建されたと言われています。1000年から数えると創建年数を数えやすいので、私は1000年から数えており2025年で創建から1025年の歴史がある神社です。平安時代中期になり、陰陽師として有名な安倍晴明が勧請した神社です。晴明公自身が勧請した神社は恐らく全国でも当社のみだと思われます。また当社は熊野信仰の神社ですので、熊野信仰において神様の使いとされている八咫烏(ヤタガラス)をご神紋としています。都内においても1000年を超える歴史を持つ神社は数少なく、葛飾区内では当社が最も古い神社となります。

編集部

安倍晴明と関わりが深い神社なんですね。安倍晴明という人物、もちろん陰陽師であったことは存じ上げていますが、具体的にどういった役割を担っていた方なのでしょうか。

宮司様

かつて、政府機関の一部に陰陽寮という部署がありました。安倍晴明はその部署に属し天皇に仕えていた方です。天文などを見ながら天皇陛下がお出かけになる際に、吉となる方角を示したり、今日の外出はやめておいた方がいいなどを知らせる方で、当時はとても重要な役割を担っていました。今で言うと、役所に勤める役人のような立場だったと思われます。

編集部

晴明公と関わりが深いということですが、安倍晴明ファンの方なども来られるのでしょうか。

宮司様

時折いらっしゃいます。また、男子フィギュアスケートの羽生結弦選手がプログラムで晴明公を演じられた影響で、羽生さんファンの方が来てくださることもあります。

編集部

なるほど。やはりファンの方はそういったゆかりの地にも思いを馳せるんですね。

宮司様

以前、かなり遠方から来られた中学生の男の子がいたのですが、その子は行ったことも見たこともない当社のことを夢で見たと言い、どうしても行きたいとお母さんにお願いして連れて来てもらったそうなんです。実際に神社へ来られると、境内のちょっとした広場があるのですが、そこで晴明公が蹴鞠をしているのを見たと話していました。私自身はそういった霊感のようなものは全くありませんが、感じる方はここはとても安心できる場所だと感じられるようです。私としては、行事の際などにマイクを使うとよくハウリングを起こしたり、電波時計の針が勝手にグルグルと回って止まらなくなることもあるので、磁場が強い場所だと感じています。何か不思議な力が働いているのかもしれないと感じることもしばしばです。

珍しい正五角形の境内地。晴明にちなんだ夜参りも実施。

正五角形の境内地
編集部

では、こちらの神社の特徴や見どころについてお聞きできますか。

宮司様

まずはやはり、晴明公ゆかりの神社であるということが一番の特徴だと思っています。そして、当社の境内は陰陽五行説(いんようごぎょうせつ)に則り、敷地の形が正五角形の形をしています。これは当社が鎮座している場所が関係しています。当社は葛飾区の東側に位置していますが、近くを中川という大きな川が流れており、当社はその中川に囲まれたところに鎮座しています。そのため神社付近は昔から水害に悩まされることが多くありました。そこで、晴明公が陰陽道の陰陽五行説(木・火・土・金・水)に基づき、三十間五角(さんじゅっけんごかく)という、一辺が約55mの正五角形という形状の境内地に結界を張り、神社をお守りしたと言われています。

編集部

陰陽五行説というのはどういうものでしょうか。

宮司様

これは古代の中国で生まれた思想で、全ての物は「陰」と「陽」の2つの原理と「木・火・土・金・水」の5つの元素から成り立ち、それぞれが影響し合って巡り変化していくという考え方です。陰と陽はどちら一方が欠けても成立せず、そのバランスが大切だと言われています。この正五角形の境内地は現在でも形を変えることなく大切に守られています。正五角形で一辺が約55mなど、当社は「5」に縁がありますので、「ご縁」に恵まれる神社でもあり、清浄な場所であると言えます。

編集部

安倍晴明はなぜこの地を鎮座地に選んだのか、それは分かっているのでしょうか。

宮司様

熊野神社と言えば、和歌山にある熊野三山が有名です。現在のお社は山の上にありますが、明治の時代までは熊野川が流れておりその中州にお社があったそうです。当然晴明もその中州にあった熊野神社の景色を見ているわけです。そして、同じような立地条件で近くを大きくうねる中川が流れている。そういった景色が和歌山で見た景色と非常に似通っていたことからこの場所を選んだのではないかと考えられます。葛飾区は都内でも低い場所にありますが、当社と柴又帝釈天がある場所は少し高くなっているため重要な場所だったのではないかと思われます。もちろんこれは推測の域を出ないことですので、真相は分かりませんがそういった解釈もできるのではないかと思います。

編集部

晴明公なりに守りたいものを守れるような場所を選んだのかもしれませんね。中川というのは大きな川なんですね。確か人気コミックの『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の曲の歌詞にも中川が出てきたと記憶していますが、やはり曲に登場するだけの規模があるんですね。

宮司様

そうですね。大きくうねっている川ですが清流でもあります。ただ『こち亀』の曲には中川は登場するのですが、神社が鎮座している立石という地名が登場しないので(笑)、私がオリジナルで「アイラブ立石」という曲を作ったこともあります(笑)。税務署や警察署など地区の重要な施設はほとんどが立石地区にあるので、ぜひ立石という地域についても皆さんに知ってほしいと思っています!

編集部

本当に地域のことが大好きなんですね!とても素敵です。ホームページで敷地上空からのお写真も拝見しましたが、本当に正五角形ですね。敷地内には神社だけでなく幼稚園も隣接しているようですね。

宮司様

はい。元々宗教法人熊野幼稚園として開園し、間もなく開園から80周年を迎えます。神社は元々鎮守の杜と言われますが、境内には草花がありそこには自然と集まって来る鳥や動物もいます。そういった自然環境が整っている中で子どもたちが過ごせることはとても良いことだと思いますし、参拝に来られる大人の方に見守っていただけるのも安心できる要素かと思います。

編集部

幼稚園に通われているお子さんや保護者の方にとってはとても安心ですね!毎日園児たちの賑やかな声が聞こえるのはとても喜ばしいことだと思います。

宮司様

神様は子どもたちの声もお好きですから、きっと喜んでいただけていると思います。また、境内には樹齢370年と言われている夫婦のクスノキのご神木があります。夫婦クスノキ自体は珍しいわけではないのですが、当社のクスノキは御社殿を中心に左右に同じくらいのクスノキが立っており、遠くから見ると御社殿に寄り添ってお守りいただいているように見えるのが特徴です。江戸時代からずっと、この場所で生きながら皆さんを見守ってきた、とても大切な木であると共に葛飾区の天然記念物にも指定されています。

夫婦クスノキの御神木
宮司様

他に境内には、銅造りとしては日本一の高さを誇る五重塔があります。台座を含めて7〜8mほどの高さで、一般的な木造建築の五重塔と比べると小さく感じられるかもしれませんが、とても立派な塔です。

銅造りの五重塔
編集部

こちらの塔はどういったご縁でこちらにあるのでしょうか。

宮司様

これは先代の宮司が神職拝命50周年を記念してご奉納いただいたものです。祖霊社(それいしゃ)と言って、ご先祖様の霊をそちらに鎮めています。

編集部

境内の環境もとても魅力的ですね。御社殿もとても立派なものとお見受けしますが、こちらはいつ頃に建てられたものでしょうか。

宮司様

一般的な権現造の木造建築の建物ですが、建てられたのは明治時代です。外見は増改築やリフォームを幾度も繰り返していますが、社殿の中身に関しては明治時代のものが今も保たれています。

ここだけの新月・満月夜参り。例大祭は何と11日間の開催!

新月・満月の夜参り
編集部

では、神社で行われている行事についてお聞きします。こちらの神社ならではの特徴的な神事などは何かありますか。

宮司様

安倍晴明ゆかりの神社ですので、暦に沿った祭典を執り行っています。これは当社ならではのもので特徴的だと言えるでしょう。たとえば、新月・満月の夜に特別祈祷を行い、普段はできない夜のお参りをしていただけます。また、年に数回しかない特別な日とされる天赦日(てんしゃび=暦の上での吉日)には「極上天赦日大開運祭」という神事を行い、晴明公が勧請した熊野さまに特別なお願いを伝えることができます。天赦日というのは、天がすべての罪を赦す(ゆるす)日とされている日で、陰陽道では最上の吉日とされています。この日にご参拝いただいた方には、特別な『極上天赦日大開運守』を頒布しており、他にも、一粒万倍日にはその日だけの一粒万倍札を頒布しています。特別な御朱印もお配りしており、皆さんに喜んでいただいています。

編集部

新月・満月の夜参り、とても良いですね。そういったことでもないと、なかなか「今日はどんな月かな」と気にすることもありませんし、暦に意識を向けることもないですよね。

宮司様

おっしゃるとおりで、当社は晴明公に縁がありますのでとても暦に沿った日常を送っています。この新月・満月の夜参りは始めてからもうすぐ10年ほどになりますが、やはり夜にお参りできるというのが珍しいようで遠方から来ていただく方も多いんです。冬場は18時にもなれば外は真っ暗ですが、境内には提灯も飾っておりほんのりとした明るさの中でお参りしていただけます。ただ、一般的には神社への参拝やお祝い事などは午前中の明るい時間帯にやるものですので、私がこの夜参りを提案した際も、すぐに歓迎されたわけではなかったんです。ですが、晴明公にゆかりのある神社ならではのことをしたいと思い、夜に参拝することに意義があるとお伝えし実現しました。また、9月16日には例大祭を行っていますが、実は晴明公の命日が9月26日なんです。その11日間を熊野祭りと称して連日賑わい行事を行っています。

編集部

具体的にどんなことをされているのでしょうか。

宮司様

子ども祭りやのど自慢カラオケ大会、占い祭りなど、皆さんが楽しめる催しを行っています。また、神様へのお供え物もいつもより豪華な物を用意したり、神主も正装の装束で臨みます。これだけの期間にわたって祭りが開催されるのも全国的にかなり珍しいと思います。

編集部

確かに11日間というのは聞いたことがありませんね。相当数の人出かと思われますが、きっと地域の方にとっては毎年の楽しみになっているでしょうね。

宮司様

そうだと思います。2025年の例大祭では絶品屋台グルメの会という方々が境内に店舗を出してくださり、境内にテントを張りさまざまな美味しい食べ物などを楽しんでいただきました。

編集部

とても楽しそうですね!ホームページではオリジナルの盆踊りも制作されたと拝見しました。

宮司様

これはコロナが流行した頃に始めたことで、あの頃は楽しいことや人が集まることが一切合切できなくなってしまいましたが、その中でも何か楽しんでいただけることができればという思いで、オリジナルの盆踊りの曲を作りました。神社こそ人が集まる場所ですから、皆さんに明るい気持ちになってほしいという思いからです。恐らく、オリジナルの盆踊り曲を制作している神社は他にもあると思いますが、多くの神社では曲作りなどは外注されている所がほとんどだと思います。当社では私が作詞を、作曲を幼稚園の先生にお願いし振り付けも自分たちで考えた、完全自前のオリジナル盆踊りなんです。YouTubeにも振り付け動画を載せていますが、本当に内輪だけで作ったのは当社だけではないかと思います。この曲を作った背景には、町の再開発で失われつつある昭和レトロな町並みを歌に残したいという思いもあります。また、神社が鎮座するこの立石という町は美味しい飲み屋も多く、私たちもこの曲を歌いながらチンドン屋のように町を歩くなど、地域全体を盛り上げられるようなことをしています。

編集部

とても地域愛に溢れていますね。コロナの頃は本当にどうしようもない状態でしたから、YouTubeなどで振り付けを公開していただければ、家にいながらでも見ることができますし、集まったときにみんなで踊りやすくなりますね。

珍しい“石剣”がご神体。神馬ポニー先駆けの神社。

神馬のポニー
編集部

2007年に創建から1000年を迎えられたそうですが、そのときには何か特別な神事などは行われたのでしょうか。

宮司様

創建1000年のときには、金鳥守という御守りを復活させました。陰陽道の秘伝書に『金烏玉兎集(きんうぎょくとしゅう)』というものがあります。「金烏(きんう)」というのは太陽に住むカラスで、「玉兎(ぎょくと)」は月に住むウサギのことです。当社は晴明公にご縁がありますので、陰陽道の秘伝書にちなんだそういった御守りを出しています。また、本来八咫烏は黒ですが、当社では晴明公が勧請した神社ということから金色のカラスの御守りも出しており、金運アップに縁起が良いと、参拝される方からも好評です。

八咫烏の幕
編集部

やはり晴明公にちなんだものなんですね。また、ご神体として「神代の石剣(せっけん)」というものがあるそうですが、これはどういったものでしょうか。

宮司様

かつてこの地域一帯には、古墳群をはじめとした霊石として有名な石(立石)がありました。立石地区の地名の由来にもなった石です。そういった古代石を中心とした文化の町として栄えた過去があり、石自体が崇拝の的となっていたようです。こうした石の剣は関東地方ではとても珍しいものとされており、時が経つにつれて「熊野神社の神代の石剣」として全国的にも知られるようになり、多くの人々が信仰の的として参拝に訪れていたようです。剣の長さは約70cmあり、これだけの石剣はなかなか見られるものではなかったようです。

編集部

約70cmですか!確かにそれはなかなか聞かない大きさです。立石という地名もそこから来ているんですね。

宮司様

2026年は午年ですが、実は当社では30年近く前からポニーを3頭所有しています。当社は神馬としてポニーを導入した初めての神社であり、都内でも馬がいる神社は神田明神と当社のみなんです。そういった意味でもとても注目されており、多くのメディアでも取り上げていただきました。こちらのポニーは七五三でも祝い子さんに乗っていただくことができ、とても人気です。そういった動物や自然に触れられる、都内でも珍しい神社です。葛飾区は都心の中でも田舎の方ですので、見上げれば空も広く緑もあり、そのありがたさを感じられる場所です。

七五三のポニー乗馬
編集部

空が広い、というのは都内に住んでいるとなかなか感じられない人も多いかもしれませんね。ふと葛飾へ足を運んだ際にはぜひ上を見上げてほしいですね。

今後の展望

この先もさらに多くの方にご参拝いただけることを願っています。神社は全国で約8万社ありますが、その中でも当社はかなり個性的な神社だと思っています。ここでしかできないお祭りや神事など、何かの機会に触れて当社へ足をお運びいただければ嬉しい限りです。

インタビューまとめ

お話しいただいた宮司様は、とても穏やかな印象の方で、柔和な話し方が安心感を与えてくださる方でした。オリジナルの盆踊り曲の作成や11日間のお祭り、夜参りの実施など、神社だけでなく地域の方が楽しめるようなアイデアを次々と打ち出され、そのいずれにも、宮司様の地域への愛を感じることができます。

1000年以上という長い長い年月を刻んできた熊野神社ですが、きっとこの先も地域に愛を与え続け、その思いを受け取った町の人々によって支えられていくでしょう。次の1000年にも美しいその姿を留めていることを心より願っています。

五方山 熊野神社

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この記事を書いた人

ラボ編集部のアバター ラボ編集部 編集者・取材ライター

歴史と文化遺産に情熱を注ぐ29歳の編集者、山本さくらです。子どもが1人いる母として、家族との時間を大切にしながらも、文化遺産ラボの立ち上げメンバーとして、編集やインタビューを担当しています。旅行が大好きで、訪れる先では必ずその地域の文化遺産を訪問し、歴史の奥深さを体感しています。
文化遺産ラボを通じて、歴史や文化遺産の魅力をもっと多くの方に届けたいと日々奮闘中。歴史好きの方も、まだ触れていない方も、ぜひ一緒にこの旅を楽しみましょう!

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