編集部渋沢史料館様へのインタビュー後編をお届けします!
前編はコチラ⇒渋沢史料館インタビュー前編
コロナで見えた来館者層の変化。海外からの注目も。





建築的な特徴も多くある建物ですが、建築関係のお仕事をされている方も来館されるのでしょうか。



建築士というよりもデザイナーの方がよく来られています。また、一つ面白い現象があり、コロナ禍になった際に皆さん自分の家に籠るようになりましたよね。すると、自分の家を大工仕事で少しだけ変えてみたいという方が増えたんです。ここに棚を作ってみようかな、インテリアを変えてみようかな、などオリジナルで内装を変えたりする方が多く、そういった方がデザインの参考にするために来館されることが多かったんです。家を綺麗にすることで、自分の暮らしをより豊かにしたいという方が増えたのではないかと思います。



なるほど!それは予想外のことだったと思いますが、とても面白い現象ですね!



来館される層としては、建築を勉強されている方、自宅に手を加えてみたい方、そして歴史を学びたい方々が多いと思います。たまたま近くを通りかかってふらっと寄られる方や、渋沢栄一が好きでという方もいらっしゃいますが、来館者層が少し変わってきたように思います。



皆さん上手く見つけて来られるんですね。



また、レトロ建築がまた人気となっており、来られる方は皆さんスマホで上手に写真を撮られています。私は20年ほどこの史料館で勤務しているのですが、働き始めた頃も大正などの近代建築のブームがあり、その頃は一眼レフで写真を撮りに来る方がとても多かったんです。ですが、20年の間にスマホのカメラ技術が飛躍的に進歩し、一般の方もスマホで素晴らしい写真を撮れるようになりました。そして、ちゃんと良い撮影スポットを見つけていることがすごいと感じます。それだけ人々の生活が豊かになり、視点が広がったという事実を目の当たりにしてきましたので、そういった現象を見られるのも、この仕事の面白さの一つです。



プロのカメラマンとして活躍されている方、アマチュアでカメラを趣味にしている方などいらっしゃると思いますが、今はSNSでプロの方がカメラ技術や知識を共有していることも多く、一般の方もそういった情報に触れて学びやすくなったことも要因かもしれませんね。



また、昔よりも皆さんがさまざまな博物館を訪れ歴史や日本文化に触れる機会が増えていると思います。そういった経験値も豊かになっていることが後押しになっているのかもしれません。年齢層としてはだいたい50~60代の方が多く来られますが、大河ドラマの影響で若い方が来られたこともあります。



また、私はこの2棟に来られた際にはゆっくりと過ごしてほしいと思っています。すると、それが伝わるのかご年配のカップルが来られ、館内を見ながら「このデザイン素敵だね」「家もこんなふうにしたいね」と話されているのが聞こえるんです。館内を見回りながらゆっくりと自分たちの暮らしに関連付けていただけることがとても嬉しいです。この建物が竣工した頃より、人々の生活は目に見えて豊かになりました。ですが、古くても良い物は変わらずに良いと思えるもので、それを尊重していただいてるのを垣間見ることができます。



1つの場所で歴史に関することがたくさん分かるんですね。とても興味深い場所です。海外からの方は来られるのでしょうか。



実は飛鳥山の近隣にはかつて飯田橋にあったフランスの学校が移転してきており、その関係でヨーロッパの方が来られることもあります。また、渋沢さんのことが好きな方、建築が好きな海外の方も来られます。そういった方々が後でSNSにアップされている投稿を見ると、私たちとは全く違う視点で史料館を楽しんでくれていて、「そういう見方もできるんだ!」と気づかされることも多いです。
大河ドラマで相乗効果も。栄一ゆかりの七社神社とも交流。





先ほど大河ドラマのお話も少し出ましたが、ドラマが放映されていた時期はやはり来館者は多かったのでしょうか。



とても多かったです。「この後どうなるんですか?」なんて聞かれることもありました(笑)。ドラマと現実は少し違いますから、ドラマはドラマとして楽しんでいただければと思っています。渋沢さんを演じられた俳優さんが人気の方だったこともあり、若い方も訪れてくれました。ドラマを見たことで皆さん少し渋沢栄一に詳しくなられていたので、私たちも負けないように研究やご説明を頑張り、そういった相乗効果が生まれたことは面白かったですね。ただ、放映時期は2021年とコロナ禍の年だったので、入館制限をしなければならなかったのも事実で、それはとても辛かったです。大河ドラマで取り上げていただけると少なからず観光の場になりますので、非常に収益も上がり地元からも喜ばれますが、コロナに阻まれた側面もありました。ですが、何事も皆さんの健康があってこそのことですから、あの時期を乗り越えて今多くの方にご来館いただいていること、本当に嬉しく思います。



また、大河ドラマに関連する面白い話はもう一つあります。渋沢栄一は27歳でパリ万博を見るために初めてヨーロッパを訪れるのですが、その頃には彼はもう結婚していたため、自分の家が絶えてはいけないと思い、奥さんの弟を渋沢家の養子にします。その弟が渋沢平九郎というのですが、とてもイケメンな方だったんです。ドラマの中で平九郎を演じられた俳優さんもとても人気の方だったので、平九郎ファンの方が来られることもありました。そんなふうに渋沢栄一という人物だけが広まっていくのではなく、彼の周囲の人物も皆さんに知っていただけるのが嬉しかったです。栄一の父親役を演じられた小林薫さんや、母親役の和久井映見さんのファンの方なども来られ、本当に素敵な俳優さんに恵まれたドラマだったと思います。



やはり彼が生きた時代が近世・近代でもあるので資料がしっかりと残っているのも魅力の一つですね。歴史というのは過去になればなるほど「本当はどうだったのか分からない」ということもあり、それが魅力でもあります。ですが、さまざまなことが明確に分かる、というのはその人物の功績や人となりがよく分かり面白いです。



実は以前に、北区西ケ原に鎮座されている渋沢栄一ゆかりの七社神社様にもお話をお聞きしたことがあります。神社の方からも渋沢さんのお話を聞きましたが、こちらへも神社と合わせて巡って来られる方もいるのでしょうか。



いらっしゃいます。七社神社のすぐそばに一里塚があり、渋沢さんはその保存にも尽力しています。彼は地元との繋がりをとても大切にしており地域の消防や警察署の方を招いて交流していたそうです。神社に寄ってから来られた方や、帰りに寄るという方、先日は七五三で神社にお参りしたところ渋沢さんの話を聞いたので帰りに寄ったという方もいらっしゃいました。私たちも神社とは今も付き合いがあり、彼は特別な信仰は持っていませんでしたが、宗教の争いが起こらなければいいな、万物の最初は全て同じだということで「帰一協会(きいつきょうかい)」という協会を立ち上げました。そういった宗教に関わる活動も人生の後半では行っていたようです。



神社との交流も続いていること、神社にもお話を聞いた身としてはとても嬉しく思います。



彼は1931年に亡くなりますが、飛鳥山から青山の斎場へ向かう際、道に黒山の人だかりができていたそうです。それは生前の彼にお世話になった人々が最後のお別れをしようと来られていたようで、その列は青山の斎場まで続いていたそうです。その車にご家族として同乗していたひ孫の方の証言によると、本当にすごい光景だったそうです。自分の親族はこうして皆に惜しまれながらこの世からあの世に行くのだ、それは日本のために尽力したからだということがよく分かるものだったそうです。実際に、道端に立つ人々が頭を下げている写真が今も残っており、彼が当時の社会を創っただけでなく、当時の人々の精神を支えていたことがよく分かります。ひ孫の方はまだご存命ですが、恐らく栄一さんを知る最後の人物だと思います。その方も、自分の先祖がそういった凄い人物だったことを思って今も生きていられるとおっしゃっていました。そうした、実際に彼と関係があった方から語られることは、私たちが活字で見ている事実をより立体化させてくれるものです。書かれているものはただ淡々として、そこに温度や感情はありませんが、孫やひ孫の方と出会う中で、彼の像がより具体的になった部分もありました。そういった自分の経験で得た、渋沢栄一という生身の人間の魅力を伝えていくことを、この史料館では重視しています。



実際にそういった方とも交流があったんですね!おっしゃるように、その人を実際に知る人物から話を聞けるのは、活字で知るだけよりもずっと人物像を具体的に描けると思います。



私自身、生前の渋沢さんに面会された先輩と話したこともあり、渋沢さんと写った写真を見せていただいたこともあります。また、渋沢さんは生前に養育院という福祉施設を運営していたのですが、私の祖父がその施設のそばに住んでいたそうです。祖父自身、渋沢さんが大好きで不思議なご縁だと思っています。私が今こうして史料館で働いているのもきっとご縁があってのことだと感じています。来館される方の中にも、自分の出身校は栄一さんが創ったという方や、自分の会社の創業に関わっていたらしいという方も多く、遡れば彼と繋がっている人は数多くいると思います。
紙幣の栄一は実在しない!?歴史を知る面白さにも出会える場所。





では、現在一万円札の肖像としてお札に描かれていますが、このお札にまつわるエピソードは何かありますか。



実は、現在の一万円札の肖像は実は実在の渋沢さんではないんです。



それはどういうことでしょうか…?



あの肖像はさまざまな時代の渋沢さんをミックスして描かれており、あの肖像と全く同じ写真というのは存在しないんです。



そうなんですか!?それは驚きです!初めて知りました。



私も渋沢さんがお札になるということで初めて知ったのですが、お札は偽造防止のためなどさまざまなことを考えられており、一つの写真を基に、ということではないようです。私たちも「あの渋沢さんは何歳の渋沢さんなんだろう…」と思っています(笑)。また、一万円札の裏側は東京駅ですが、彼は東京駅からさまざまな地方にも足を運んでいたので、所縁があります。さらに東京駅を造ったのは辰野金吾(たつのきんご)という建築家なのですが、彼は飛鳥山に移り住む1つ前の渋沢邸を造っているんです。お札がそこまで考えて作られているのかは分かりませんが、不思議な繋がりを感じます。辰野さんは素晴らしい建築家でしたので、お札という形で一緒になれるのは私たちとしても嬉しいです。



とても興味深い話ですね。歴史に関する話だけでなく、こういったエピソードも聞けるなんてお話をお聞きできてよかったです。



歴史は紐解いていくと本当に面白いです。自分の日常に結び付くこともありますし、過去に失敗した事例があったとしてもそれを回避する技術、知識、知恵を現代の我々は持っていますから、歴史を学ぶことは人間として非常に重要だと思います。



学校の授業では教科書をなぞるだけになってしまうこともありますが、一つひとつ見ていくと、本当に面白いですよね。ぜひ今まで歴史に興味がなかった方も大河ドラマなどで触れてみてほしいです。どの時代にもそれぞれの特色や良さがあり、自分が今ここに存在していることも面白いと感じられると思います。史料館として伝えられることを伝える、それを本当に大切にされているんですね。



私がこの史料館で働き始めた頃、最初に任されたのは「この2棟の建築、そして飛鳥山に渋沢栄一がいたことを発信する」というものでした。それ以来、建築のことはもちろん、渋沢さん自身を見続けてきました。あとどれくらいここにいるか分かりませんが、これから人々の視点がどう変化していくのか、それを見るのが楽しみです。



平成の30年で時代は本当に変わりましたから、ここからの30年でまたどんな変化が訪れるのか、私も楽しみです。



こんなふうにネット回線を通じて遠隔で会話をするなんて想像もできませんでした。これは現代の良いところですから、良い部分がどうより良くなっていくのか見物です。同時に忘れてはいけないのは、歴史を知るということです。過去を知ることは自分のアイデンティティを知ることにも繋がりますから、それは必ず大切で博物館に課せられた使命でもあると思います。



おっしゃるように歴史を知ることはどの時代の人間にとっても重要です。自分はどう受け継がれてここにいるのか、そういったことを考える時間も人生には必要だと思います。



まさに、自分のルーツを知りたい、あるいは系図を見直したいからという内容でお問い合わせをいただく方もいます。そういったことに博物館が関係してくるということが面白いです。



こうして展示をして過去を辿れる場所があるからこそ、知ろうと思えるのだと思います。渋沢さんは百姓の身分から子爵にまでなった方ですから、現代でも目標にされている方はいるかもしれませんね。



当時も憧れた方は本当にたくさんいたと思います。そういう方々が史料館の運営母体を作り上げ、今の地盤を作ってくれています。私も20年ここにいますが、まだまだ足りないと感じる瞬間もあり、これからも新しい発見があることにワクワクしています。
今後の展望
2031年に、渋沢栄一没後100年を迎えます。その100年の間には戦争をはじめとするさまざまなことがありましたが、その中でもこの史料館は「渋沢栄一を正しく伝える場所」としてあり続けてきました。歴史を忠実に伝えていくことが私たちの役目であり、彼もそれを願っていると思います。
この先もこの史料館ならではの展示を行い、メディアへの協力などの普及活動を行い、資料整理・収集も継続していきたいと思っています。渋沢栄一という一人の人間と彼を取り巻く環境を、できる限り温度感を保ちながら伝えていきます。
インタビューまとめ
お話を伺った副館長様からは、このお仕事が本当に好きなこと、渋沢栄一という人物を尊敬されていることがとても伝わってきました。インタビューの間はずっと楽しそうに話していただき、本当に楽しい時間でした。私自身はドラマなどで歴史を知る程度の知識ですが、大河ドラマを見ていたこともあり、より興味を持ってお話を伺うことができました。
渋沢栄一という誰もが知る近代の偉人。その偉人が大切にした飛鳥山と2つの建物。大河ドラマでは語られることのなかった部分について詳しく聞くことができ、また一つ渋沢栄一という人物に興味が湧きました。
歴史を知ることは自分を知ること。それは全ての人にとって実はとても重要で面白いということ。それをとても実感したインタビューでした。この先も、彼を愛する人々や建築や歴史を学びたい方、自分のルーツを振り返りたい方が、この飛鳥山を訪れることを願っています。



前編はコチラ⇒渋沢史料館インタビュー前編
渋沢史料館
所在施設:飛鳥山公園
住所:〒114-0024 東京都北区西ケ原2丁目16-1
TEL:03-3910-0005
営業時間:10時~17時
定休日:月曜日
URL:https://www.shibusawa.or.jp/museum/




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