本州で最も北に位置し、国内屈指のりんごの名産地としても知られる青森県。青森県の津軽地方に位置するのが、この廣田神社です。青森市の中心部にあり、利便性に富みながらも、周辺には豊かな緑が広がっています。
りんごを浮かべた手水舎や、りんごをモチーフとした御守りなど、この神社だからこそできる工夫を数多く取り入れています。神社オリジナルのデザインで作られた御守りは、多くの参拝者に求められており、国内のみならず海外からの観光客にも人気です。
今回は、神社の宮司様に神社での取り組みと、昨年復活したお祭り、そしてこの先の未来への思いについて詳しくお聞きしました。
廣田神社とは

創建は、996年。平成8年にはご鎮座1000年の記念大祭が実施され、今日まで長い歴史を紡いできました。御祭神は、天照大御神荒御魂(あまてらすおおみかみのあらみたま)、大国主命(おおくにぬしのみこと)、事代主神(ことしろぬしのかみ)、蛭子命(ひるこのみこと・えびす)。
さらに、配祀神(はいししん)として、創建のきっかけを作った藤原実方朝臣(ふじわらさねかたあそん)、弘前藩の藩主に仕え、青森開拓の立役者として知られる進藤庄兵衛正次翁(しんどうしょうべいまさつぐおきな)をお祀りし、御神徳は全国唯一、一切の病・厄・災難を祓い除ける「病厄除」です。
昨年には、進藤庄兵衛正次翁の御遺徳を称えるお祭りが復活し、とても盛り上がりました。これにより、地域との交流がさらに盛んとなり、地域にとって欠かせない行事の一つとなりました。
1000年以上にわたって受け継がれてきた歴史を次世代へつなぐため、今自分たちにできることに精一杯取り組まれています。
【廣田神社 特別インタビュー】

廣田神社では、さまざまな行事に加えて、神社内で地域の皆さまと交流できる取り組みもたくさんあります。
たとえば、小学3年生~6年生までの女の子を対象とした、神事にて巫女舞を奉納する「舞姫会」や日本の郷土文化に触れることができる「教養講座」などがあり、自分の知見を広げられるきっかけにも出会えます。
初宮参りや七五三はもちろん、神前結婚式も執り行うことができ、人生の新たなスタートの節目にもご縁があります。さらに、古墳型合葬や海葬も実施されており、人生の最初から最期まで、ご縁をつなぐことができる神社です。
青森の中心に鎮座して1000年以上。利便性と自然のどちらにも近い神社。

編集部本日は、青森県青森市にご鎮座の廣田神社様へのインタビューです。まずは、こちらの神社のご由緒をお聞きできますか。



廣田神社は、長徳年間(996年)、一条天皇の時代に左近衛中将より陸奥守に任ぜられた藤原実方朝臣(ふじわらさねかたあそん)という人物が、陸奥国の長久の平和を願い、この地にゑびすの社を創建したのが始まりだと言われています。その後、江戸時代になると弘前藩の3代目藩主・津軽信義と4代目藩主・津軽信政に仕えた進藤庄兵衛正次翁(しんどうしょうべえまさつぐおきな)という人物が、青森県の開拓に携わった恩人として、後にお祀りされるようになりました。昭和に入ると青森も空襲に遭い、辺り一面すべてが焼けてしまい、そこから復興して現在の姿となりました。平成8年には、ご鎮座1000年の記念大祭を行いました。



長い歴史のある神社ですね。神社の周辺環境はどのようなロケーションでしょうか。



当社の周辺は官庁街であり、神社の向かい側が裁判所、徒歩1~2分の所に青森県庁や市役所など、町の主要な施設が揃っています。青森の中心街とも言える場所です。



とても利便性の高い場所に鎮座されているんですね。神社の目の前には、大きな公園もあるようですが。



こちらは青い森公園という公園で、かなりの広さがある公園です。利便性の高い場所ですが、周辺には緑も多く過ごしやすい環境です。また、境内にも桜の木があり、見頃のシーズンにはとても美しい景色を見せてくれます。
青森ならではの「りんご」の手水。ねぶた祭に絡めた「金魚ねぶた」のお祭りも。





では、こちらの神社の見どころや特徴はどういった点でしょうか。



当社は、病厄除守護神として信仰されています。御神徳は、病気平癒や災難除け、健康を願うものです。また、青森はりんごの産地としても知られており、りんごは健康に良い食べ物でもあるため、りんごをモチーフとした御守りなども頒布しています。境内の手水舎では花を浮かべる代わりにりんごを浮かべており、そういった点は当社ならではの特徴だと思います。







りんごの手水舎ですか!それは可愛いですね。



新型コロナが流行した際に、花手水という形でさまざまな神社や寺院で、手水が使えない代わりに手水鉢に花を浮かべて目で見て清めるという動きがありました。当社では、花の代わりにりんごを浮かべ、青森らしさを感じていただけるようにしています。これは日本の方はもちろん、海外の方にも喜んでいただき、とてもたくさんの方に訪れていただきました。



この神社ならではのオリジナリティあふれる手水舎ですね。ぜひもっと多くの方に知っていただきたいです。御守りのお話がありましたが、インスタグラムなどでデザインを拝見しました。とても可愛らしいものばかりで、どれも欲しくなります。



ありがとうございます。デザインに惹かれてお受けいただく方も多く、皆さんにも親しんでいただきたいです。また、青森は積雪量が非常に多い町としても有名です。





世界の人口10万人以上の都市では、世界一の積雪量を記録するほどで、そういった雪の性質も見ていただければこの土地らしさを感じられると思います。









御朱印のデザインも拝見しましたが、金魚をモチーフにされている御朱印が印象的です。





御朱印は、月ごとにデザインを変えて出しているのですが、青森はねぶた祭が有名ですが、そのねぶたの一つとして金魚を模した金魚ねぶたというものがあります。昔からねぶた祭とは関係が深いものなので、御朱印にも反映しています。また、当社では令和元年から毎年7月下旬~8月7日に「金魚ねぶた献灯祭(けんとうさい)」というお祭りを斎行しており、大鳥居などに金魚ねぶたを飾り、ライトアップをしています。とても幻想的な光景で、近隣の方はもとより、県内外からも多く見に来られます。




お神輿を担ぐお祭りが悲願の復活。人々の願いをお祭りという形で後世へ伝える。





では、地域の方とともに実施されている神社の行事はどういったものがありますか。



令和7年、お神輿が出るお祭りが復活しました。庄兵衛祭(しょうべえまつり)というお祭りで、このお祭りは地域の方とともに作り上げるもので、とても盛り上がります。



復活したということは、一度中断されていたのでしょうか



はい。コロナを契機に中断していたのですが、令和7年から復活しました。このお祭りは、冒頭にお話しした青森の開拓者の一人である、進藤庄兵衛正次翁の御遺徳を称えるお祭りです。平成26年が庄兵衛翁の生誕400年にあたることから、それに向けて、庄兵衛翁が築いた青森の町を神輿とともに巡ろうという思いで百数十年振りに御神輿が渡御する神幸祭が復活しました。ただ、目標としたお神輿を担ぐことができませんでしたが、昨年コロナ後に再開した際には、お神輿を担ぐという悲願を達成することができ、神職としてとても嬉しい思いでした。





紆余曲折を経ての復活だったんですね。また、平成には実現できなかったお神輿を担ぐという思いも達成できたこと、地域の方も嬉しかったでしょうね。



お祭りを復活させるにあたり、私は「お祭りとは何か」と、いうことを再考しました。全国各地に素晴らしいお祭りはたくさん残っていますが、その多くは実施する人手不足、それに伴う運営の難しさなどの現実があり、取りやめをやむを得ないものもあります。「伝統行事が消えていく」とよく言われますが、私自身はその考え方に少し疑問を持っています。お祭りには、昔から受け継がれてきた「伝統」の側面もありますが、本来は、その時々の皆さまの祈りや願いが形となって表れたものだと思います。心が伴わず、形だけを残すお祭りになってしまわないかと危惧する部分もあります。皆さんが心から祈り願う思いがあれば、自然とお祭りという形になっていくのではないかと思います。







人々の願いがお祭りという形で表れる、確かにお祭りというのは本来そういうものかもしれませんね。意識したことがありませんでしたが、さまざまなお祭りの背景を考えてみると、そこにはかつての人々の思いがきっかけとなっているものが多いように思います。



全国のお祭りの歴史を振り返ってみると、神話から連綿と紡がれる稲にまつわる田んぼへの祈りや願いを込めたものが多いと思います。それと同時に、主食として大切だったため特にその生育について祈りが欠かせなかったのだと思います。しかし、現代のように当たり前に食料が穫れなかった時代には田んぼや食料に関連したお祭りがたくさんありました。現代では、かつてのように凶作や飢饉が人々の暮らしに直結する機会は少なくなりましたが、そういった時代に暮らす現代人が神様に祈るのはどういったことだろうと考えました。さまざまなものを手に入れられる現代において、多くの人が願うことの一つは、町の衰退を防ぐことではないかと思いました。特に青森市は、全国でも人口減少が著しい町なんです。そういった状況ですので、町が豊かであり、そこで暮らす人々が幸せでありますようにというのが、現代人共通の公の願いではないかと思います。そういった思いを、お祭りにも落とし込んでいきたいと思っています。



受け継がれてきたもの、復活したものが人口減少を理由に衰退してしまうのは、とても寂しく、地域にとっても良いことではないと思います。この先も、町の皆さんで協力をしながら、長く続いてほしいですね。
全国最大の「じゃんばら大注連縄」。崇敬会の皆さまに、心からの感謝を。





では、神社の社殿建築に関して、特徴的な部分や見どころはありますか。



青森大空襲ですべて灰燼に帰したため、当社の社殿はコンクリート造りです。昔ながらの木造建築ではありませんが、過去の出来事を考慮して燃えにくいコンクリート造りとなりました。また、社殿向拝に、「じゃんばら大注連縄」という特徴的な注連縄が垂れ下がっています。「じゃんばら」とは、「邪祓(じゃばらい)」が訛った言葉だとされており、3年に一度、崇敬会の皆さまよりご奉納いただいています。じゃんばら注連縄としては、全国最大の大きさを誇る、とても特徴的なものです。





インスタグラムでその注連縄を拝見しました。とても大きなものですね!



注連縄の付け替えも人の手で行っています。とても大変ですが、製作いただいた細越大年縄保存会の皆さまに頑張っていただいています。ただ、このじゃんばら注連縄の作り手となる人も減っているため、継承者の課題もあります。



インスタグラムで付け替えの様子を拝見しました。足場を組んで行われているんですね。とても大変な作業かと思います。



ご奉仕をいただいている皆さんに感謝の気持ちでいっぱいです。実は、この注連縄を掛けるようになった経緯があります。かつて、津軽半島の先にある集落から、こちらの地方へ来られたご家族がいました。そのお母さんとお子さんが当社へお参りに来られたのですが、突然「悪霊がいる」ということで、お子さんが倒れてしまい、病院に搬送される事態となりました。お話では、賽銭箱の近くに悪霊がいるということだったので、すぐにお祓いを行い、さらに邪気を祓う意味でじゃんばら注連縄を掲げたところ、しばらくしてそのお子さんが元気になり、改めて神社へ参拝されたという伝説があります。そういった背景から、その後当社ではこの注連縄を掲げるようになりました。
今後の展望
現在、神社公式のセレクトショップを立ち上げる計画があります。神道の信仰は特別なものではなく、私達の普段の暮らしや生活のなかにあります。それを神社という枠だけではなく、より広く、より多くの方にそうした日本古来の良き文化や風習を大切にしてもらい、心豊かな日々の一助になればと生活文化に根差した商品を提供するお店を考えています。
そして、昨年から復活したお祭りをこの先もしっかりと継承し、後世にも伝え続けていきたいです。
また、セレクトショップを含め、周辺の町づくりにも寄与できるような形の事業も行いたいと思っていますので、この先の廣田神社にも注目していただけると嬉しいです。
インタビューまとめ
1000年以上の歴史を今につないできた廣田神社。長い歴史と伝統を守り続けるだけでなく、より多くの人々に神社へ来ていただきこうという思いから、りんごの手水や庄兵衛祭りの復活など、数々の新たな取り組みにも挑戦されています。
また、宮司様の「人々の祈りや願いが形となったものがお祭り」という言葉からは、ただ単に伝統を受け継ぐだけではなく、そこには地域の人々の祈りや願いがこもっていてほしいという思いが伝わってきました。
この先も廣田神社は、明瞭な青森の四季と地域に住む人々の暮らしを見守り続け、1000年後にも今と変わらぬ神社の姿を見せてくれることでしょう。
廣田神社
住所:〒030-0861 青森県青森市長島2丁目13-5
TEL:017-776-7848
FAX:017-777-5244
受付:授与所/社務所 8時30分~16時30分(水曜日 休務日)
URL:https://hirotajinja.or.jp/








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