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柏原八幡宮(かいばらはちまんぐう) 古きを活かし新しきを拓く、御鎮座1000年を迎えた町の拠り所。

柏原八幡宮の外観
柏原八幡宮の外観

昔ながらの面影を残しながら発展していく。それは簡単なことではありません。町が発展すれば建物が変わり、人が増え、交通の利便性が向上しひと昔とは違う顔を見せる町は少なくありません。ですが、その中でも過去から受け継がれてきたものを残しつつ未来に向かって新しいことを進めていく、そんな町が兵庫県にあります。

「丹波の黒豆」で有名な兵庫県丹波市。その丹波市の活気ある場所に鎮座しているのが柏原八幡宮です。全国的にはまだまだ知らない人も多いかもしれませんが、この町には昔ながらのレトロな美しい町並みが残されています。その光景は、「こんな場所にこんなに綺麗な景色があったなんて…」と驚くほどです。その町を見守りながら変わらない姿で鎮座し続ける柏原八幡宮。この神社に残されている釣鐘や流鏑馬神事などはこの神社でしか見られない貴重なものです。その貴重な数々の「過去からの贈り物」について、宮司様に詳しくお話をお伺いしました。

目次

柏原八幡宮とは

柏原八幡宮の社殿

令和6年、柏原八幡宮は創建から1000年の大きな節目を迎えました。その1000年の間には歴史を見て分かるとおり、実にさまざまな時代の移ろいがありました。鎌倉・室町の時代を経て、武士の世が創られ、争乱の世を終わらせた260年の江戸時代。そして、海外へと国を開いた近世が始まり、壮絶な戦時下を生き抜いた人々によって創られた現代。その全てをこの地で見続け、人々の拠り所として存在しています。

門前町として栄え、織田信長の弟である信包(のぶかね)とも関わりが深いこの神社では、現在も「かいばら織田まつり」などの行事が行われ過去からの繋がりを今に伝えています。厄除けのご利益は有名で、2月の厄除け大祭には多くの人々が集いそのご利益を受け、地元では「丹波柏原の厄神さん」と呼ばれ親しまれている地域愛に溢れた神社です。

【柏原八幡宮 特別インタビュー】

柏原八幡宮の鳥居

関西地方の主要都市である京阪神(けいはんしん)地域。その京阪神から車でも電車でも1時間程度。丹波市は、「行ってみようかな」という軽い気持ちで足を向けられるアクセスしやすい場所に位置しています。商業が盛んだった頃の名残を今も残し、人情味と地域愛を感じることができる町です。そんな地域と神社の魅力を、たっぷりとお届けします。

門前町、商業地として栄えた過去。レトロな町に残る、鎮座1000年の神社。

編集部

本日は、兵庫県丹波市に鎮座されている柏原八幡宮様へのインタビューです。まず、神社が鎮座されている柏原町という町はどういった場所でしょうか。

宮司様

この町は古くは門前町でした。京都の石清水八幡宮の領地でもあり、江戸時代以降に織田信長の弟である織田信包(おだのぶかね)が柏原藩の初代藩主となり、その後は柏原藩の城下町として栄えてきました。古来より商業が盛んな地域で、現在もその名残として「古市場」「東市庭」「西市庭」など、「市」の付く地名が残されており、商業の地だったことが窺えます。最近では観光で訪れてくださる方も多く、今のシーズンだと丹波栗などの秋の味覚を求めて来られる方や、紅葉の名所もたくさんありますので、そういった景色を求めて来られる方もいらっしゃいます。

編集部

商業地域として栄えていた町なんですね!丹波市は兵庫県の中間部に位置していると思いますが、近隣県からも多く来られるのでしょうか。

宮司様

初詣や2月の厄除大祭のときには兵庫はもちろん京都の中北部や京阪神地域からも多くの方が参拝されます。イベントごとが盛んな地域でもあり、年中さまざまなマーケットが開かれています。「丹波かいばら織田まつり」というお祭りもあり、通称「織田まつり」と呼ばれています。

編集部

商業が盛んな地域性が残っているのかもしれませんね。

宮司様

また、古いものを活かしつつ新しいことに利用するということが得意な地域でもあります。古民家を活かしたオーダーメイドのジュエリーを販売されている方や、古民家を活かしたイタリアンレストランもあります。また、大阪にある中島大祥堂(なかじまたいしょうどう)という、古民家を活かした和洋菓子などを販売しているお菓子店が丹波にもあるのですが、そちらはとても人気です。そういった古いものを活かしながら新しいことに挑戦していくという風土が昔からあるのだと思います。「株式会社まちづくり柏原」という、丹波の町づくりに尽力されている企業があり、そちらで古い町並みを活かした町づくりをされているようです。

編集部

「まちづくり柏原」さんのホームページを拝見しましたが、町並みがとても素敵です!レトロな雰囲気がそのまま残されていて、歩いているとオシャレな気分を味わえそうですね!丹波がこういった町だとは知りませんでした…。

宮司様

またこの場所は、京阪神からも車・電車どちらでも1時間ほどで来ることができるので都会からのアクセスもとても良いんです。移住して来られる方も多いのですが、一度大阪から移住された方に「都会からこれだけ近く、ブランドとして確立している地域は日本でここだけ」と言っていただき、丹波人としてとても嬉しかったです。そういった恵まれた立地ですので、近隣県の方にはぜひお越しいただきたいです。

全国18社のうちの1社。貴重な釣鐘と珍しい流鏑馬も。

編集部

では、こちらの神社の歴史・由来についてお聞きできますか。

宮司様

創建は舒明天皇の御世(629~641年)飛鳥時代まで遡ります。神社が鎮座している山は入船山(いりふねやま)というのですが、その山に素戔鳴尊(すさのおのみこと)をお祀りしたことが創建の始まりと言われています。その後、萬寿元年(1024年)に入船山周辺の3箇所から霊泉が湧き出ていることをきっかけに、後一条天皇の勅意により京都の石清水八幡宮よりご分霊をいただき、丹波国「柏原別宮」として創建されたというのが、記録で確認できる最も古い情報です。そして、令和6年(2024年)に御鎮座1000年という大きな節目を迎え、その一年間にはさまざまな事業を行いました。

編集部

創建から1000年超とは、とても長い歴史がある神社なんですね。ご本殿もとても見応えのあるものとお見受けしますが、これはいつ頃に建てられたものなのでしょうか。

宮司様

現在のご本殿は、天正13年(1585)に豊臣秀吉によって再々建されたものです。最初のご本殿は南北朝時代の動乱で焼失し、その後再建されるも信長の命を受けた明智光秀の丹波攻めの際に消失されます。その後、秀頼の命により現在の社殿が再建されました。これは国の重要文化財に指定されている、500年以上の歴史がある建物です。建築当時の桃山時代の建築様式だけでなく江戸時代には大幅な改造もあり、とても見どころがあります。

編集部

幾度も戦火に巻き込まれながらも、再々建されてから500年以上、この場所で柏原の町を見守ってきたんですね。では、こちらの神社のご利益はどういったものがあるのでしょうか。

宮司様

主には厄除けです。厄年の方は本当にたくさんお参りに来られ、厄除けのご利益はとても有名です。2月17日・18日の厄除け大祭はさまざまな神事が1つになった大祭なのですが、18日の夜中に行われる「青山祭壇の儀」という神事は、災いをもたらす神様(疫神)を丁重におもてなしする神事です。これは「悪いことをせずにどうぞ機嫌よくおいでください」という意味があり、災いをもたらさずにいてくれるよう祈願するもので、疫神を排除するのではなく、存在を認め仲良く共存するという極めて日本人らしい「和」の価値観に基づいた神事であります。

編集部

災いをもたらすからこそ、おもてなししてご機嫌よくしていただく。とても面白い発想ですね!神社の行事についてはいかがでしょうか。

宮司様

10月の第四日曜に秋のご例祭を行い、その際にはお神輿の巡行や町内で選ばれた子どもたちの流鏑馬奉納があります。

秋のご例祭の神輿巡行
宮司様

この流鏑馬が少し変わっており、普通は止まっている的を射るのが流鏑馬ですが、当社で行われている流鏑馬は的が動くんです。長い棒の上に的が付いており、その的が矢を取りに行くという形式です。

柏原八幡宮の流鏑馬奉納
編集部

とても珍しい流鏑馬ですね!

宮司様

どういった理由からかは分かりませんが、そういった点に丹波の人々の優しさを感じられる神事だと思います。子どもたちとの交流という点では、近隣の保育園の子どもたちが初詣に来てくれたり、小中学校も地域の伝統文化の見直しがされているのか、校外学習で来てくれることもあります。

柏原八幡宮の流鏑馬奉納
編集部

神社や寺院など、日本の伝統文化を継承する場は、少子化の時代だからこそ知っていてほしいですよね。

宮司様

また当社の特徴として、神仏習合の名残を残しているという点があります。元々日本にあった神道の考え方と大陸から伝来した仏教が次第に混ざり合い一つになった考えを神仏習合と言い、神社には社殿が造られるようになり、お寺には塔が造られるなど、それぞれの特徴が出てくるようになりました。ですが、明治に入ると神仏分離の流れが興り、神社にあった仏教色の強いものは取り払われてしまいます。ですが、当社の境内には今も三重塔と釣鐘が残されています。実は塔が境内に残っている神社は全国でたった18社しかないんです。

編集部

全国で18社ですか!それは神社の総数を考えるとかなり少なく、残されている神社はとてもレアな神社だということですね。釣鐘も残されているということですが、それは自由に突くことができるのでしょうか。

宮司様

はい、どなたでも突いていただけます。この釣鐘も南北朝時代に造られたものですので600年以上前のものですが、これだけ古い釣鐘を突けるのは恐らく日本でも当社だけではないかと思います。この釣鐘は通称「難逃れの釣鐘」と言われており、3回突くと難を逃れると言われています。

編集部

難逃れですか…?それはどういった由来からでしょうか。

宮司様

実はこの釣鐘はこれまでにさまざまな「難」を逃れてきた歴史があります。まずは南北朝時代の動乱を切り抜け、戦国時代の争乱、明治時代の神仏分離での取り払いも免れ、第二次世界大戦時の金属の回収など、あらゆる局面を残りえて今に至っています。

編集部

そういった所以があるんですね。確かにご利益がありそうです。連綿と受け継がれてきた大切な釣鐘、ぜひお越しいただいた方には突いて帰ってほしいですね。

SNS活用神社の先駆け的存在。神社の外にも見どころ多数!

編集部

境内には八坂神社や西宮神社など、末社や摂社も多く見られますね。そして境内がとても広いことが分かります。

宮司様

境内は約4ヘクタールの広さがあり、おっしゃるように摂社・末社も多く、神社裏手には五社稲荷神社と言って、平安時代に京都の伏見稲荷大社から神様を分けていただきお祀りしています。これは兵庫県の指定文化財に指定されています。

柏原八幡宮の摂社・末社
編集部

伏見稲荷大社からも御分霊をいただいているんですね。神社周辺は活気がありそうですが、ご来社の方はお車で来られる方が多いのでしょうか。

宮司様

車での方が多いです。参拝者用駐車場を約40台がございます。過去には大祭のときには臨時列車が出たこともあったようですが、現在はほとんどが車での参拝です。最寄りの柏原駅からは徒歩5分程度で、神社までの道のりにもお店が多く飽きずに歩ける道のりだと思います。神社の前には奥村川が流れており、その川を渡るような形で根を伸ばしている樹齢1000年を超えるケヤキの木があります。この木は八幡さんの御神木でもあり、「木の根橋」という名前で名所として親しまれています。

木の根橋
編集部

樹齢1000年はすごいですね!とてもパワーがありそうです。神社だけでなく周辺にもそういった見どころがあるとは素敵です!ぜひ、神社と合わせてぜひ見てほしいですね。境内の建物も立派なものとお見受けしますが、これらは建て替えなど行われているのでしょうか。

宮司様

御鎮座1000年の事業で大改修を行いました。建物だけでなく、鳥居も立て替え、屋根の部分だけは古い木を再利用していますが、それ以外は真新しいものです。三重塔も30年ほど前に全て塗り替えたので、まだ鮮やかな赤を見ることができます。

柏原八幡宮の鳥居
宮司様

令和に入ってからは令和6年の御鎮座1000年に向けてさまざまなリニューアルを計画していましたが、コロナ禍ということもあり、ご理解いただくのが難しい場面もありましたが、多くの方にご協力をいただき、無事に御鎮座1000年の一年を迎えることができました。本当に感謝の思いでいっぱいです。

編集部

お参りしやすい神社を維持していくためにも、境内の整備は必要ですよね。また、こちらの神社ではご刻印プロジェクトにも参加されていると拝見しました。境内の整備だけでなく、こういった事業に参加されることで、これまで訪れていなかった方々にも来ていただくことができると思います。

宮司様

ご刻印プロジェクトは、全国で100ほどの神社や寺院が参加していると聞いています。当社は3年ほど前から参加しており、関西では当社と神戸、兵庫県の高砂市(たかさご)の3社のみかと思います。大阪や京都にもありませんので、お立ち寄りいただいたときにはぜひお求めいただければと思います。ツーリングシーズンの週末には岡山や九州、四国など全国さまざまな場所からご来社いただき、各地の方言が聞けるのが楽しみの一つでもあります(笑)

編集部

それは楽しみですね!御守りも複数の種類があるようで、見ていて楽しいですね。

宮司様

御守りはさまざまな種類を用意しており、キャラクターデザインのものもあります。また、当社はSNSでの発信も早い段階から行っており、現在はインスタグラム、X、Facebook、LINE、YouTubeなどのSNSで神社の魅力をお伝えしています。

柏原八幡宮の御守り
編集部

SNSと呼ばれるものはほとんど全て網羅されているんですね!

宮司様

やはり情報化社会ですから、神社といえども旧態依然とせず積極的に発信する事が必要だと思います。神社に来られればその町で食事をする人、買い物をする人もいますから、神社や町の魅力を伝えることは地域の活性化にも繋がります。神職だからこそできる町づくりをこれからも続けていきたいです。

編集部

神社だからこそできることを考えて実行されているんですね。

宮司様

雪も最近では5㎝ほど積もる程度で、大雪というほどの雪は降らなくなりました。寒暖差が激しいので融雪剤などを使うことはありますが、雪かきをしないと通れないというほどではないです。

今後の展望

御鎮座から1000年を迎え、この先何十年、何百年後であっても今と同じように活気があり、気持ちよくお参りできる地域の拠り所として存在し続けたいです。そのためには境内の建物の改修なども必要になりますので、皆様にご協力をいただきながら、境内を整備していきたいと考えています。

神社は、歴史や信仰という2つの柱で支えられていると思いますが、これからの時代にはもう1本、2本別の柱が必要になると思っています。かつては神社のお祭りは人々にとって安全を保障するものであり、お祭りを開催しないという選択肢はなかったと思われますが、今では警察や自衛隊をはじめとし、人々の安全を担保する組織はたくさんあります。そういった中では、やはり神社のあり方は変わってきていると思いますが、この先も人々の拠り所として、地域の伝統芸能を神社で行うなど、神社から発信できることはしていきたいです。

「ふらっと立ち寄れば、いつものあの人に会える」という、そんな気軽に立ち寄れる場所としてこの先も、「八幡さん、厄神さん」と親しんでいただけるような神社であり続けられるよう、尽力していきます。

インタビューまとめ

お話をお聞きした宮司様は非常に話しやすい方で、関西の方ならではの軽快な口調でとても分かりやすいお話を聞くことができました。地域の方からは「厄神さん」と呼ばれ親しまれているのも、そうした宮司様の雰囲気が作り出す神社の温かさが伝わっているからだと思います。

失礼ながら今回インタビューを行うまで、丹波市がこんなに魅力に溢れた町だとは知らず、一つ訪れたい町が増えました。そんな魅力的な町にある柏原八幡宮は、広い境内に多くの植栽を有し、それらに触れることで気持ちを新たにし、次の活動に向けてエネルギーを得ることができます。

京阪神への観光のついでに少し足を伸ばして丹波市へ。観光スケジュールの中に、組み込んでみるのもいいのではないでしょうか。

柏原八幡宮

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この記事を書いた人

ラボ編集部のアバター ラボ編集部 編集者・取材ライター

歴史と文化遺産に情熱を注ぐ29歳の編集者、山本さくらです。子どもが1人いる母として、家族との時間を大切にしながらも、文化遺産ラボの立ち上げメンバーとして、編集やインタビューを担当しています。旅行が大好きで、訪れる先では必ずその地域の文化遺産を訪問し、歴史の奥深さを体感しています。
文化遺産ラボを通じて、歴史や文化遺産の魅力をもっと多くの方に届けたいと日々奮闘中。歴史好きの方も、まだ触れていない方も、ぜひ一緒にこの旅を楽しみましょう!

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