福岡を作り上げたと言われる黒田長政公。有名な黒田官兵衛孝高(如水)公の息子であり、黒田家はこの光雲神社創建の由緒にも深く関わっています。現在も光雲神社では黒田官兵衛と黒田長政を御祭神としてお祀りし、神社名にも2人が深く関係しています。
そして、この神社は県内で唯一「日本のさくらの名所100選」に選ばれている西公園の中に鎮座しており、春に見られる幻想的な桜の光景は、多くの人々を魅了し、この場所に人が集うきっかけとなっています。近隣に観光地としても有名な大濠公園や、かつて福岡城(舞鶴城)があった舞鶴公園など、豊かな自然環境が整っています。神社では新たな行事なども積極的に開催され、過去からの伝統や黒田家、そして福岡の歴史を伝える貴重な場所です。
光雲神社とは

江戸時代に創建の由緒がある光雲神社。その名は、黒田官兵衛と黒田長政の戒名より付けたものと言われており、黒田家ゆかりの神社として地域の人々の尽力により創建され、今日まで守られてきた神社です。八百万の神をお祀りする神社が多い中、実在した戦国武将をお祀りしているため、歴史ファン・武将ファンに親しまれ、黒田家だけでなく、日本史の重要な部分に触れることができる神社です。
そして、日本屈指のグルメを楽しめる地として知られる福岡市ですが、それだけでなく訪れるべき観光スポットを今よりも増やそう、もっと観光地として盛り上げていこうという機運も高まっており、西公園をはじめとする周辺地域は、今後福岡市の新たな観光スポットとして大注目される可能性も秘めている地です。
江戸時代から続く黒田家との縁を今も大切にし、福岡市内で歴史や文化を継承する一翼を担うとても重要な神社です。
【光雲神社 特別インタビュー】

古くは目薬商人として財を成し、岡山にルーツを持つ黒田家。そのルーツから名付けた福岡という地名。福岡市内はもちろん、県全体を見ても福岡は全国でも有数の観光地です。
その福岡の中心にあって、かつて福岡城があった場所にもほど近い光雲神社。まだまだ全国的には知らない方も多いかもしれませんが、この神社の歴史と、周辺ロケーションを知れば、きっと訪れたくなるはずです。
今回は、訪れる人々を魅了する神社の特徴と、未来への思いについて神社職員の方にお話をお伺いしました。
黒田家を御祭神に、福岡の歴史を継承する。

編集部本日は、福岡市中央区に鎮座されている光雲神社様へのインタビューです。こちらは「てるも神社」とお読みするのでしょうか。



そうです。難しいですが「てるも」と読みます。これは福岡と縁が深い黒田官兵衛孝高公とその息子である黒田長政公に由来する名前なんです。







そういった経緯も含めて、こちらの神社のご由緒からお聞きできますでしょうか。



創建は江戸時代に遡ります。元々福岡は明治になるまで、秀吉に仕えた軍師として有名な黒田官兵衛をはじめとする黒田藩が治めていました。黒田官兵衛と長政は関ヶ原の合戦で活躍し、長政はその褒賞として家康から筑前(現在の福岡)に52万3000石という豊かな領地をいただきました。そして関ヶ原の合戦以降、明治までこの地を治め、福岡と名付けました。福岡という名は、黒田家のルーツに関係しています。黒田官兵衛は元々兵庫県の姫路城にゆかりのある人物ですが、さらに遡ると黒田家のルーツは岡山にあります。現在も岡山の備前に福岡という地名があり、この名前を取って福岡と名付けたそうです。



黒田家にはそんな歴史もあるんですね!黒田官兵衛については姫路城との関係からしか存じ上げませんでした。



当初、黒田官兵衛と長政をお祀りする神社はなかったのですが、1768年に6代藩主である黒田継高という人物が、現在とは違う場所に、小さな祠のような形でご両公をお祀りしたことが当社の起源です。



現在とは違う場所、ということですが当初はどの辺りに建てられていたのでしょうか。



かつて福岡城があった場所です。福岡城はかつて舞鶴城と呼ばれており、現在はそのお城があった場所が舞鶴公園という公園になっていますが、そのお城の本丸の東側に祠を作ったそうです。最初は黒田長政を、その後に黒田官兵衛を合祀されました。当時は光雲神社という名前もなく、明治の廃藩置県などに伴い黒田藩士の人々がきちんとした神社を作ろうということになり、明治42年に現在の光雲神社が西公園に創られました。神社の名前である「光雲」は黒田官兵衛と長政の戒名から一文字ずつ頂き付けられた名前です。立派な社殿と共にお祀りされていましたが、昭和20年の太平洋戦争で、福岡市内も大空襲に遭い、市街地は大きな被害を受けました。当社周辺もかなりの被害があり、神社の社殿もろとも跡形もなく焼失してしまいました。その当時、神社には黒田家の水牛の兜など代々伝わる家宝や、官兵衛の有名な絵、家康から頂いた采配や古文書など、貴重なものがたくさんあったのですが、それらも全て焼けてしまいました。当社にとってはとても大きな出来事でした。そこからはかろうじて管理維持しているような状態になり、社殿もないまま20年ほどが経過しました。そして、昭和41年に「江戸時代から続く黒田家の神社として、きちんと形にしよう」という機運が、地元の財界を中心に高まり、寄付を集めて現在の鉄筋コンクリート造の社殿が完成しました。そしてその後も、少しずつ整備されて現在の形になったという歴史です。



とても分かりやすいお話でした。社殿自体は昭和以降のものということで新しいかと思いますが、神社の歴史としてはとても長い歴史があるんですね。



ほとんどの神社では『日本神話』に登場する神様をお祀りしていますが、当社は実在の人物をお祀りしている神社ですので、歴史ファンの方をはじめ親しみやすい神社かと思います。



歴史ファンの方はやはりたくさん来られるのでしょうか。



そうですね。黒田家が好きな方や、歴史好きな方、最近では『刀剣乱舞』のファンの方も来られます。というのも、黒田官兵衛は名刀を多く所持していたようで、それらがコンテンツのメインキャラクターになるなど、そういったファンの方にとっては聖地化している面もあります。当社でも関連の御朱印を頒布しており、コアな人気ではありますが、親しんでいただいています。


1300本の桜の名所・西公園。神社も周辺も楽しめるロケーション。



では、こちらの神社の特徴や見どころについてお聞きできますか。



まずは、黒田家との関係が深いという点です。黒田官兵衛については大河ドラマ『軍師官兵衛』の主人公として取り上げられました。信長・秀吉・家康という日本史の中で最もストーリー性のある時代を生きた人物ですので、その歴史に触れられる場所であるという点は魅力だと思います。境内には母里太兵衛(もりたへえ)という、長政の家臣であった人物の像があり、長政の象徴である水牛の兜が手水舎になっていたりなど、本当に黒田家にゆかりのある神社です。





手水舎は本当に大きなものなので、そこが手水舎だと気付かれない方もいるほどです(笑)。







また、有名なのはお賽銭を入れると鶴の鳴き声がするという点です。拝殿にお参りし、お賽銭箱の上を見上げると鶴の大きな絵が描かれており、これは「鶴の一声」という言葉にもかかっていますが、福岡城のかつての呼び名に関係しています。





と言うと、舞鶴城のことでしょうか。



そうです。福岡城は昔舞鶴城と呼ばれていました。現在の西公園がある場所は少し高台になっており、かつてはそこから福岡城を見下ろすと鶴が羽を広げたような形に見えるお城だったそうで、そこから舞鶴城と名付けられました。その関係で、鶴にも縁があるので、そういった工夫を凝らしています。



先ほど西公園のお話も出ましたが、神社は公園内に鎮座しているという認識でよろしいでしょうか。



そうです。西公園内に鎮座しており、周辺はとても緑豊かな環境ですので、そういった自然環境も魅力の一つです。西公園は福岡県で唯一「日本のさくらの名所100選」に選定されている場所です。西公園と言えば桜の名所というのが地元の方の認識で、現在は1300本ほどの桜の木が植わっています。満開の時期に境内から見下ろす光景はとても美しく、幻想的なものです。ただ、西公園は県営の公園なのですが、これまで県もなかなか整備のための手を入れていなかったという現状がありました。西公園から徒歩15分ほどの場所に有名な大濠公園(おおほりこうえん)という公園があるのですが、観光で来られた方はそちらを訪れる方が多いです。現在ではインバウンドの方を含めて年間300万人ほどが訪れる観光スポットになっています。ただ、今後はそちらを訪れる方を少しでも西公園に誘導したいという思いもあります。



西公園を地図で拝見していますが、とても広い公園のようですし、ここで見られる桜は本当に綺麗でしょうね。桜のシーズンにはやはり人出が多いのでしょうか。



お花見シーズンはすごい人出で活気があります。また、大濠公園の隣には、かつてお城があった舞鶴公園があり、そちらにもたくさんの桜の木が植えられています。また、舞鶴公園は市営公園なのですが、現在の市長が公園内でのイベントや人を呼び込むためのプロモーション活動などに積極的なので、舞鶴公園も人気のスポットとして認識されつつあります。桜のライトアップなども行われており、多くの方がその光景を楽しんでいます。西公園も数年前から桜の時期にはお祭りを開催したり、県と市が協力してエリア自体を盛り上げていこうという動きが高まっています。



これだけ狭い範囲にこんなにも大きな公園が3つもあるとは、奇跡的なロケーションですね。



福岡市は、実は観光スポットが少ない地域です。他の地域から観光で来られる方は、観光は太宰府や糸島エリアを訪れる方が多く、福岡市内ではグルメを楽しむ方が多いんです。太宰府辺りを巡り、市内へ戻って来て美味しいものを食べる、というのが一つのルートになっており、市内では歴史文化に触れられるような場所があまりありません。ですので、今後は当社のように、歴史文化に触れられる場所があるということを周知し、その一翼を当社が担っていきたいと思っています。



本当に貴重な場所だと思いますので、全国の皆さんにも福岡に来たらここ!というイメージを浸透させたいですね。公園の桜もすごいですが、神社にある52段の石段の両脇に見られる桜も絶景です!まるで桜のトンネルのようで、とても美しいですね。





ありがとうございます。神社の桜も、周辺の光景と合わせて楽しんでいただければ嬉しいです。



他に、ホームページで「そっぽを向いた狛犬」を拝見しましたが、これはどういった狛犬でしょうか。



この狛犬は、政治家の麻生太郎さんの父方のおじい様でいらっしゃる麻生太吉という方が寄贈してくれた狛犬です。狛犬は本来、内側を向いて御祭神をお守りする役目がありますが、黒田官兵衛は御祭神よりも周辺の領民を守ってほしいという思いをお持ちで、あえて御祭神の方ではなく領民の方を向いていると言われています。







面白いお話ですね。境内には不思議な木があるとお聞きしましたが、こちらについてはいかがでしょうか。



恐らく境内にある椋木(むくのき)のことだと思います。この木は昭和20年の空襲で境内を焼失した際にも唯一焼け残った幹で、この木だけが非常に生命力が強く枝が生えてきて、現在の姿にまで成長しました。その生命力の強さから、病気平癒の御利益があるとして、メディアに取り上げられたこともあります。この木のことをご存知の方は皆さん触って行かれます。



すごい木ですね!仰るように、生命力の強さは本物ですね。この先も長く生きて、この神社を見守ってほしいですね。
“目薬商人”に由来する、「目が良くなる」ご利益。



光雲神社の中には黒田官兵衛のおじい様やお父上もお祀りされていると拝見しました。



本殿の横に摂社という形で堅磐(かきわ)神社に、黒田官兵衛の祖父・黒田重隆と、父である黒田職高、その他黒田藩の藩主などをお祀りしています。神社正面に掲げている掲額の「堅磐神社」という文字は、第15代黒田藩主の黒田長久公の直筆です。黒田家は元々目薬を作る目薬商人でした。



そうなんですか!?それは存じ上げませんでした…。



目薬商人として財を築いた方で、境内には目薬の木も植わっており、目の悪い方などが「目が良くなりますように」とお参りに来られることもあります。



それは初耳です。黒田家は福岡だけでなく、岡山にもルーツがあり家が大きくなった背景にはそういった事実があったんですね。では、先ほど御朱印のお話も出ましたが、ホームページで御朱印のページも拝見しました。どれもとてもかっこいいデザインで、武将ファンの方はとても喜ばれるのではないでしょうか。



御朱印は、モチダダイスケさんという神仏絵師さんにご協力いただいています。モチダさんは『日本神話』に出てくるほとんどの神様の絵を描いていらっしゃる方で、日本でも数少ない神仏絵師さんです。そういった方とコラボさせていただけてとても嬉しく思います。




新たな行事で地域に活気を。子どもたちの思い出の神社に。







では、神社で行われている行事についてお聞きします。先ほど、桜祭りのお話もありましたが、地域の方と一緒に行われている行事やイベントはありますか。



これまではあまり積極的に行っていなかったのですが、ここ数年でいくつか行事を増やしました。初詣もとても賑わいがありますが、一番大きな行事はやはり桜の時期のさくらまつりです。この行事には地元の方も多く参加していただいていますし、お祭りの時には桜茶会など、楽しんでいただけるイベントもご用意しています。七夕の時期には七夕まつりを開始し、地元の保育園や幼稚園の子どもたちに絵を描いてもらったものを丸めて燈籠にし、燈籠提灯として境内に飾ります。今年は14園ほどにご協力いただき、500以上の提灯ができました。一週間ほど境内に飾るのですが、子どもたちとそのご両親や祖父母の皆さんも見に来てくださるので、とても賑わいがあります。





夏祭りも長い間中断していたのですが、それを復活させ伝統的な盆踊りを行いました。





他に、11月23日には新嘗祭を行い、地元の3つの農家さんにご参加いただき、その年に無農薬で育てた新米を量り売りしています。和太鼓や居合なども披露していただいています。



インスタグラムでもお祭りのPRをされていますが、どのポスターもとても丁寧に作られていて魅力的です。



七夕まつりは特に地元の方を中心に来ていただいています。子どもたちが楽しめる大射的場や、全長10mの金魚すくいを作ったりなど、とても喜んでいただきました。



地元でこういった行事があると子どもたちにとっても思い出になりますし、地域の季節の風物詩になりますね。ぜひこの先も長く長く続けてほしいです!
今後の展望
当社は福岡の歴史と共に生きてきた黒田家を象徴する神社ですので、この地の歴史をしっかりと後世に伝えられる神社であり続けたいと思っています。西公園も今後は変化の時を迎えるかもしれません。その変化の中心として歴史や文化を継承する場所として知っていただきたいです。西公園やこの神社を福岡を代表するような名所にできればと思っています。そのために、今後も境内の整備を続け、新たな魅力を創出していきます。
インタビューまとめ
福岡市内に鎮座する神社は、黒田家とゆかりのある神社は少なくありません。ですが、光雲神社はその中でも黒田家の人々をお祀りする神社であり、その関係性の深さは一言では語れません。ですが、その事実もこの神社自身もまだまだ全国的には知られていない現状があると感じました。
福岡は国内でも非常に重要な観光地です。九州へ行ったならば福岡県へ、福岡県に行ったならば太宰府へ、そして博多でグルメを、という方は少なくないでしょう。ここから先、その観光地の一つに西公園という美しい場所を、そして西公園で光雲神社に参拝を。そんな新たな観光ルートが出来上がることを願っています。
光雲神社
住所:〒810-0061 福岡県福岡市中央区西公園13-1
TEL:092-761-1807
受付時間:毎日午前9時~午後5時00分
MAIL:info@terumojinja.com
URL:https://www.terumojinja.com/








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