勝海舟と言えば、日本海軍の創設に尽力し、「江戸無血開城」を実現した立役者としてよく知られています。混沌とした幕末の世にあり咸臨丸(かんりんまる)で太平洋を渡り、サンフランシスコへ渡米。現地で国際情勢を学び、持ち帰った英知で近代日本国家の国づくりに尽力しました。
ですが、どんな偉人も一人の人間であり、1つの面だけを持ってその人生を語れる人物はいません。後の世に名を残す英傑であったとしても、その内面にはさまざまな“顔”がありました。志士としての顔だけでなく、一人の人間としての顔を知ることができる、それがこの勝海舟記念館です。
彼が晩年愛した洗足池のそばに建つこの記念館は、海舟に関するここでしか見ることができない資料を数多く展示しています。勝海舟とはどんな人物であったか、どんな偉業を成し遂げて、どんな人生を歩んでいたのかを詳しく知ることができる、貴重な記念館の魅力を、館長さんはじめ2名の学芸員の方にお伺いしました。
勝海舟記念館とは

「江戸無血開城」という言葉を知らない人はいないでしょう。幕末の戊辰戦争の最中、新政府軍が江戸城を攻撃する直前に、旧幕府側であった勝海舟と新政府側の西郷隆盛の交渉により、激しい戦闘を起こすことなく徳川の本拠地であった江戸城が争いに巻き込まれることなく新政府軍に明け渡された歴史的な出来事です。この出来事が江戸の町が大きく発展する礎となり、ここから先日本が平和的な思いを持って明治維新を進めていくきっかけとなりました。
こうした華々しい偉業をもって語られることが多い勝海舟。オランダ語を学び、アメリカへ渡り、多くの人々から尊敬を集め没後は自身が愛した洗足池のそばに葬られました。幕末が舞台となる作品には必ずと言っていいほど登場し、誰もが知る偉人ですが、その生涯を詳しく知る人はあまりいないのではないでしょうか。
都内でもその喧騒を感じることなく、穏やかな時間が流れる洗足エリア。ゆったりとした時間の中で、じっくりと偉人の人生を辿ることができる記念館です。
【勝海舟記念館 特別インタビュー】
日本という国ができてから数千年。その時間の間にはとても一言では語れない出来事があります。そして各時代に著名な偉人が存在し、それぞれの時代を語る存在となっています。そんな偉人の素顔と、彼らが生きた時代を知ることは、国の歴史をなぞることであり、ひいては自分たちの祖先を知ることに繋がるでしょう。
今回は、記念館の魅力や特徴はもちろん、それだけでなく学芸員のお2人にも、この仕事に就かれた経緯や学芸員という仕事の魅力についても語っていただきました。
開館は令和元年。新しさの中に息づく、幕末の歴史。

編集部本日は、勝海舟記念館様へのインタビューです。まず、勝海舟という人物についてですが、私もお名前とざっくりとした経歴はドラマなどで存じ上げていますが、具体的にどういった人物であったかをお聞きできますか。



はい。おっしゃるとおり勝海舟は幕末の偉人としてとてもよく知られている人物です。主に海軍に従事した期間が人生の大部分を占めていますが、その中でも特に咸臨丸という船でアメリカに渡った経歴や、江戸無血開城の立役者としてよく知られています。海舟はこの大田区とも繋がりがあり、記念館が建っている洗足池(せんぞくいけ)とも所縁があります。



洗足池という名前には聞き覚えがあります。詳しくお聞きできますか。



海舟は、江戸無血開城の前々日、前日である慶応4年4月9日・10日に江戸開城についての最終的な協議を行うために大田区にある池上本門寺という寺院に向かいます。この寺院は新政府軍の本陣となっており、そちらで協議を行うことになっていたのですが、そこへ向かう道中、新政府軍が道を往来しているのに遭遇し、彼らがとても殺気を放っていたため、その殺気を避けるために辿り着いたのが洗足池だったそうです。洗足池に立ち寄ってから本門寺へ向かったそうですが、そのときの光景が印象的だったのか、晩年になって洗足池のことを思い出し、池周辺の土地を知人から勧められたこともあり池のそばの土地を購入し、そこに「洗足軒」と呼ばれる別荘を建てました。自宅は赤坂の氷川町という場所にあったのですが、そちらから度々通い、春の桜や秋の紅葉を愛でていたそうです。洗足軒では、門下生や友人らを招いて和歌や漢詩を詠んだり、とてもゆっくりとした時間を過ごしていたようです。



とても勇ましいイメージのある方ですが、晩年はそういったゆったりとした時間も過ごされていたんですね。



冒頭にお話したような渡米や江戸無血開城の華々しい経歴が注目されがちですが、晩年はそういった過ごし方も楽しんでいたようです。洗足池にも度々訪れ、周囲の人々には洗足軒のそばに自身の骨を埋めたいと話していたそうです。その意志を汲んで、彼が亡くなった後に親族や周囲の人々が洗足軒のそばにお墓を建てました。





こちらの記念館はいつ開館されたのでしょうか。



開館はとても最近で、令和元年の9月7日です。記念館として使用している建物は、現在国登録有形文化財になっており、元々は旧清明文庫という建物でした。この建物は、「財団法人清明会」という団体が、海舟の墓所や洗足軒の永久保存を目的に昭和3年に建てたものです。そういった建物も海舟に大変所縁があるということで、大田区が平成24年に建物と土地を取得し、整備を進め、記念館としてオープンしました。



そういった経歴があるんですね。来館される方は、やはり歴史好きな方が多いのでしょうか。



もちろんそういった歴史に造詣の深い方も来られます。それだけでなく、洗足池に立ち寄った方が足を運ばれることもあります。洗足池はかなり大きな池で、周辺地域は風致地区ですので、美しい景観がしっかりと保たれている地区です。そういった場所ですので、ランニングや散歩コースにしている方も多く、ふらっと立ち寄ってくださる方も多くいます。老若男女問わずさまざまな層の方が来館されています。



とても素敵ですね。地域にこういった歴史に触れられる場所があるというのは、子どもたちにとっても刺激になると思います。歴史に興味を持つ子どもたちも多いでしょうし、大田区という場所もアクセスが良く訪れやすいと思います。



大田区の中でもこの洗足池エリアは自然が豊かで本当に落ち着ける場所です。大田区の中でも区役所などがある蒲田地区は商業地域ですので、とても賑わいがありますが、この洗足池の周辺はとてもゆったりとした時間を過ごせる場所です。かつては歌川広重の作品の題材としても描かれ、そういった著名人にも所縁のある地です。



洗足池の「洗足」という名称の由来は分かりますか。



いくつか説がありますが、日蓮上人が池で足を洗ったと言われていることに由来するようです。先ほど、新政府軍が池上本門寺で本陣を布いていたと話しましたが、こちらも日蓮上人が入滅した(亡くなった)場所です。大田区にはさまざまな時代の歴史が入り混じり継承されている場所が点在しており、洗足池もとても貴重な地域です。





日蓮上人との所縁があるんですね!本当にさまざまな時代の歴史が関わっている場所なんですね。



海舟も江戸開城の件について交渉しに行くという、とてもプレッシャーのかかる仕事の前にこちらへ立ち寄り、そこで洗足池の美しい自然の景色に出会い、その記憶が強く残っていたのかもしれません。海舟へ土地の斡旋をした人物は、現在の5000円札の肖像にもなっている津田梅子の父である津田仙(つだせん)で、広い人脈を活かして晩年を楽しんでいたようです。



こちらの記念館はアクセスもとても便利なようですね。最寄りの洗足池駅から徒歩6分と伺いました。



そうです。東急池上線の「洗足池駅」が最寄り駅なのですが、この池上線は都内でも珍しい3両編成で運行しているのんびりとした路線です。通勤時間もゆったりとしており、そういった穏やかなロケーションです。



海舟もそういったゆっくりとした時間を過ごせる場所を自分の心を落ち着かせる場所として選んでいたんですね。
“良き年配者”としての一面も。海舟と地域を深く知る場所。



では、こちらの記念館の特徴や魅力、見どころについてお聞きできますか。



まず1つは、この建物そのものです。旧清明文庫は国登録有形文化財でもあるので、その外観はとても特徴的です。昭和3年に竣工した鉄筋コンクリート造りの建物で、建築意匠として外側はネオゴシック調、内側はアールデコ調になっています。また、清明“文庫”ですのでいわゆる図書館機能を有した造りになっており、2階には講堂があり、そこではかつて講演会が行われていました。





1つの建物をその活動を継続させながら継承していくのは難しいんですね。



記念館では1階常設展示で海舟の生涯をたどる展示をしております。1階の奥に企画展示室があり年3回企画展示を行い、企画展示を行う度に常設展示に置いている資料も毎回入れ替えています。2階では海舟の展示の他、旧清明文庫や洗足池の紹介などを主に行っています。海舟に関する資料はここでしか見られないとても貴重なものです。





海舟について詳しく知れるだけでなく地域のことも知れるのは良いですね!



海舟と地域との関わりについても知ってもらえればと思い展示しています。2階では大型モニターを用いた3種類の映像展示を行っています。歴史作家の半藤 一利(はんどうかずとし)さんにインタビューした際の映像や海舟の一生がおおよそ分かる映像などを上映しています。1階では「時の部屋」という海舟がサンフランシスコに渡った時のことを紹介する映像を上映しています。常設展示の部分では、海舟クロニクルというブースがあり、半円状になっている壁を使い、海舟の生涯を年表形式で紹介しています。海舟が生まれたときはどんな時代であったかを並列して記載し、時代の動きと海舟がどう関わっているのかが分かります。その周辺には、当時のさまざまな資料を展示し、その時々のトピックス的なものを展示しています。



あらゆる角度からテーマを変えて展示されているんですね。とても分かりやすく回りやすい施設ですね。



じっくり見て回ると1時間~2時間ほどかかると思いますが、ぜひ一度ではなく何度も来ていただきたいです。



来館者は年間でおおよそどれくらいでしょうか。



約1万3000~4000人の方に来ていただいています。海舟は幕末が舞台となる各ドラマや時代劇などで登場することが多いので、そういった作品を見て訪れてくださる方もいます。また、洗足池は桜や紅葉も綺麗なので、景色を見に来られる方もいらっしゃるようです。



入館料もとてもリーズナブルで訪れやすい施設かと思います。



ありがとうございます。大人300円、小中学生は100円でご入館いただくことができ、ふらっと来ていただける施設だと思います。年間パスポートも1000円ですので、季節毎に来ていただければ記念館と海舟のことがよく分かるのではないでしょうか。



100円でこんなにも歴史の勉強ができる場所は他にないですよね!本当に素晴らしい施設だと思います。勝海舟のことを詳しく知らない方も、気が向いたら行ってみようという気持ちで訪れることができますね。私自身もあまり詳しくなかったのですが、海舟は今で言うと少し濃いお顔立ちをされていたんですね。



そうなんです。サンフランシスコへ渡ったときの写真が有名ですが、当時彼が着ていた裃(かみしも)などから類推すると、身長は156㎝と考えられ、今の基準から考えると少し小柄な方だったと思われます。ですが、彼は免許皆伝の目録を貰うほどの剣の達人でした。



まさに文武両道の方だったんですね。数え年で77歳まで生きられたということで、当時としては長寿だったんですね。



晩年の写真も残されていますが、親しみやすい印象ですよね。洗足池の周りを散歩していたこともあったようで、そこで出会った釣りをしている少年に「何が釣れたの?」と聞くなど、地域の人と親しんでいたようです。偉人という印象が強いので、少しとっつきにくいイメージがあるかもしれませんが、あくまで私たちと同じ人間なんです。



なるほど。そういった一面もあったんですね。教科書では知れない面を知ることができるのも記念館の魅力ですね!海外からの方も来館されているのでしょうか。



割合としては多くはありませんが、日本の歴史に興味がある方などが来られています。また、近辺に住まわれている方や、以前外国人向けの無料雑誌に当館のことを掲載したいということで来られた方もいらっしゃいました。
学芸員の魅力についてご紹介


学芸員という職業はあまり聞きなれない方も多いかと思いますが、博物館や美術館で、学芸員資格を有して資料の収集保存・調査研究・展示・教育普及を主に行っています。ですので、みなさんにご覧いただいている展示を作るのも学芸員の仕事の一つです。
展示を作るにあたりとても重要な作業が資料の調査・研究で、当館では海舟にまつわる資料を扱っていますので、幕末・明治の古文書の手紙や書類に書かれたくずし字を解読して内容を理解し、書かれた状況や背景を把握していきます。
これらの作業の中で、海舟や幕府関係者、江戸・明治時代の人々の手紙といった未発表資料に触れることや、手紙をとおしてその人の考え方や動向をうかがい知れることは、未知の世界を開拓していくようでとてもワクワクして楽しいです。
博物館ごとに取り扱う資料が異なるので、様々な資料、知識に触れられるのは学芸員の醍醐味かもしれません。
地域の小学生とも交流。歴史の面白さを伝える。



では、記念館として地域の方を交えながら行われているイベントなどはありますか。



幕末の歴史を分かりやすく伝えたく、小中学生などを対象に、子ども探検ツアーを夏休みに2回実施しました。10組~15組ほどが参加し学芸員が館内をご案内しました。当館で所蔵している古文書について「これはなんて書いてあるの?」と質問をもらったり、興味を持つお子さんもいらっしゃり、そういった部分から裾野を広げていきたいと思っています。



入館無料で歴史を学べるとは、こんなに素晴らしい場所は他にないですね!



幕末という時代は、やはり日本が一気にグローバル化して大きく時代が動くときですので、どうしても入り組んでいて分かりにくい部分があります。ですが海外情勢と日本の情勢を照らし合わせながら知っていくことで、その面白さが伝わると思います。



歴史の授業ではどうしても教科書をなぞるだけになってしまうこともあります。そうなると歴史の面白さが伝わらないと思うので、こういった資料がある場所に来て学んでほしいですね。



この先歴史が変わるような新事実が出てくる可能性をこの記念館は秘めています。調査研究に終わりはありませんので、その可能性を突き詰めていくのが、この仕事の面白さであり、記念館としての使命だと思っています。



歴史という長い時間の中でも、古代や戦国、そして幕末、近世などさまざまな時代があります。今日お話をお聞きして、各時代の流れを突き止めていくことの面白さが、ほんの少しかもしれませんが分かったように思います。
今後の展望
この先も海舟にまつわる資料や文化財をしっかりと保存活用していきながら、彼の功績を調査研究し、後世に伝えていくことが館としての使命だと思っています。展示を通して彼の生涯を伝えていくことが大切だと考えています。
インタビューまとめ
偉人に関する記念館や資料館は全国各地に多くあります。そのいずれもが、それぞれに工夫を凝らし、過去の歴史を今に伝える役割を担っています。この勝海舟記念館もまた同様で、今回お話をお聞きして記念館がいかに我々にとって重要であり、利用すべき施設であるかを認識しました。
また、今回は記念館や海舟のことだけでなく学芸員の方にもお話をいただきました。こうした話はなかなか聞けないものであり、これから学芸員を目指す方にとって少しでも参考になればと願います。
過去から連綿と受け継がれてきたこの今を生きる私たちには、過去の歴史を伝えていく義務があります。そのためにはまず、著名な偉人の背景から知ることも大切だと思います。長い歴史のほんの1ページかもしれませんが、少し時間をかけてその1ページを紐解いてみるのもいいのではないでしょうか。
大田区立勝海舟記念館
住所:東京都大田区南千束2-3-1
TEL:03-6425-7608





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