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洞泉寺(とうせんじ) 固い決意と強い思いを大切にする、真田家ゆかりの寺院。

大阪市にある上町台地。ここは周辺よりも少し高台になる場所で、周辺には四天王寺高校など有名な私立学校が点在する、伝統的な文教地区として関西では知られています。地下鉄の路線が東西南北に走り、そのアクセスの良さは言うまでもありません。

そんな高い利便性の立地に建つ洞泉寺。約460年の歴史を持つ寺院で、その歴史の中では戦国武将として有名な真田家との縁も深い寺院です。かつて、大阪城が築かれた際に南側の守りの意味を含めて集められた数々の寺院の一つであり、真田幸村も幾度か足を運んだと記録が残っています。

そんな寺院を取り巻く周辺環境と寺院の歴史、そして訪れた際に見るべき魅力について寺院の方へお話をお伺いしました。

洞泉寺 公式ホームページはこちら▶▶https://tosenji-osaka.com/

目次

洞泉寺とは

寺号標

高台にあり、周辺を見晴らすためには好都合だったと思われる上町台地。その上町台地で約460年の時を刻む洞泉寺は、第二次世界大戦の戦火により、一度はその多くを失いますが、先代のご住職により再建され、現在の建物は近代的な雰囲気を漂わせています。

寺院境内には、一生に1つだけ願いを叶えてくれるという「一願地蔵尊」や、固い決意を聞いてくれる「不動明王像」などがあり、ただ訪れるだけではなくここへやって来た意味を感じられる場所です。

その周辺環境と相まって、子どもたちが増えているエリアでもあり、地域との交流も絶やさず、子どもたちとの触れ合いも積極的に行われています。まだまだ“真田家ゆかりの寺院”と、知られていない寺院ですが、今後は真田家との縁があること、そしてさまざまな寺院の魅力を発信していきたいと考える寺院です。

【洞泉寺 特別インタビュー】

エントランスの写真

城南寺町という地名にも表れるように、周辺にとても寺院が多いエリアです。その中で他の寺院とは違うことができないか、皆さんに気軽に来ていただける寺院となるにはどんなことをすれば良いか、そういった「これから」を考え続ける寺院です。

さらにご住職様は、住職としての業務だけでなく、罪を犯してしまった方々の更生を助ける保護司としての活動にも長く尽力され、地域へ貢献することを忘れない寺院でもあります。この寺院の巡り方、そして寺院の方の思いを寺院周辺の魅力と合わせてお届けします。

過去には真田家との縁もあり。大阪城を守る、上町台地の寺院。

編集部

大阪市天王寺区に鎮座する洞泉寺様へのインタビューです。この天王寺区という場所は大阪市内はもちろん、関西圏でも屈指の文教地区と存じます。そういった点も合わせて、周辺はどういった環境でしょうか。

ご担当者様

おっしゃるように、当寺がある城南寺町という場所は近鉄「大阪上本町駅」から徒歩7分ほどの場所にあり、有名な私立高校が多く点在する文教地区です。近年ではファミリータイプのマンションも多く建つようになり、子どもの数も増えています。ファミリー層はこれからも増えていくと思われる地区です。大阪城を守る役割も担っていた寺町地域であるため、お寺もすごく多いです。地下鉄の駅からも近く、電車で来られる方が多いですが、この地域では珍しく駐車場も4台完備していますので、お車でもお越しいただけます。

駐車場の写真
編集部

大阪城にほど近い場所ですね。大阪城を守る役割があったということですが、詳しくお聞きできますか。

ご担当者様

まず、城南寺町は大阪城の南側にある地域です。豊臣秀吉が大阪城を築城した際、城下町は大阪市内に点在していました。そこで秀吉は、浄土宗の寺院を大阪城の南側に位置する場所に集中させたそうです。その目的は秀吉自身が寺院を管理するという意味でも、点在しているよりも一箇所に集中させた方が宗教的勢力を把握しコントロールしやすかったという理由があります。また、寺院が移れば墓地もそれに伴って付いてきますので、町のあちらこちらに墓地があるよりも、一箇所に集めた方が景観の面から見ても良かったという話があります。そして、冒頭にお話した大阪城を守る役割という点ですが、当時、寺院は単純な宗教施設ではなく軍事拠点としての役割が期待されていました。大きな石垣を築いたり、複雑な路地などで敵軍の侵入を遅らせるなど、障害物のような形で構えられていました。昔は境内も広かったので、戦時中には軍隊の駐屯地としても利用されていた歴史があります。さらに、大阪城は東・北・西は川や濠で守られており、堅牢な守りでしたが唯一南側だけが陸続きで、南側は大阪城の唯一の弱点と言われていました。そして、その南側に大坂冬の陣の際に真田幸村が真田丸という砦を造ります。真田丸には、大阪城の弱点を補う前線の防衛拠点のような役割があり、徳川軍は城の南側を狙って来ると考えていました。そこで幸村は「城の外に、もう一つ城を作る」ということを考え、真田丸を築きました。そして、敵の侵攻を迎え撃った陣地の辺りにちょうど洞泉寺が位置していたため、幸村も当時は洞泉寺に何度か寄ったこともあるそうで、『浄土宗大辞典』という辞典には、真田公の帰依を受けた寺院と記載されています。幸村が戦死した後にも、彼の冥福を祈るために真田家ゆかりの人々が関わったと言われています。

編集部

真田家との縁がある寺院なんですね!真田ファンの方も来られたりするのでしょうか。

ご担当者様

実はまだあまり当寺と真田家との関係が世の中には知られておらず、そういった歴史ファンの方なども来られることはほとんどありません。ですので、こういったインタビューなどをきっかけに真田家ゆかりの寺院であると広く周知していきたいです!

ご担当者様

また、上町台地は周囲より約10~20m高い高台になっており、周囲を見渡すのに最適な場所だったと思われます。そういった立地特性も軍事拠点として適しており、水はけも良く地盤もしっかりとしているため、立派な建物を建てるのに適していたのだと思います。現在でも地震や水害に強い地層と言われています。そういった点が、この周辺環境の特徴だと思います。

編集部

非常に分かりやすいお話でした。ぜひ、真田ファンの方には一度は訪れてほしいですね!

1つの願いと、固い決意を見守る寺院。

編集部

では、こちらの寺院のご由緒からお聞きできますか。

ご担当者様

創建は永禄2年(1559)で、約460年の歴史があります。これは『浄土宗大辞典』にも記録が残っています。元々はとても大きなお寺でしたが、1945年の大阪大空襲でほとんど焼失してしまいます。そして、私の祖父が新しく建てたもので、建築の造りとしてはかなり近代的です。

編集部

では、寺院の見どころや特徴について教えていただけますか。

ご担当者様

寺院の境内に一願地蔵尊と厄除け不動明王像というものがあります。ホームページにも載せていますが、一願地蔵尊は赤い前掛けをしたお地蔵さんで、一生のうちに1回の参拝で1つだけ願いを叶えてくれるというお地蔵さんです。別名前掛け地蔵とも呼ばれており、願いを込めて赤い布をお供えする方もいらっしゃいます。赤は魔除けや病除けの象徴とされ、江戸時代にはこの寺町自体が庶民の間で、とてもご利益があると噂になっていたようです。この一願地蔵尊はお墓参りの通り道にありますので、来られた方は皆さんお参りされていきます。いつか、この赤い前掛けをワークショップのような形で、来られた方にオリジナルで作っていただき、それを実際にお地蔵様に掛けていただけるような、ご利益のありそうなイベントもやっていきたいです。

編集部

それは素敵ですね!私もぜひ体験してみたいです!では、不動明王像というのはどういうものでしょうか。

ご担当者様

こちらは特に厄除けのご利益があるとされており、人生の転機や災難が続いた際に邪気を祓い身を守ってくれます。不動明王像ですので動かぬ強い決意があると言われています。

ご担当者様

この不動明王像と一願地蔵尊はセットのような認識で、不動明王像のすぐ横にお百度石という柱のようなものがあります。これは何のためにあるかというと、本堂とお百度石の間を100往復してお願いをすれば、どうしても叶えてほしい強い思いが叶うという、修行のような参拝方法が昔からあります。一願地蔵に願う1つの願いを100回の祈りで届けるというイメージです。昔は、このお百度石と本堂の間を裸足で歩いたり、回数を数えるために竹串を使い夜通しお祈りする方もいたほど、祈りの象徴とされていたようです。

お百度石の写真
編集部

100往復…すごいですね…!ですが、それだけの強い思いを持って願うお願いは叶えられるかもしれませんね。

ご担当者様

不動明王像は墓地の一番奥にありますので気づかれない方も多いのですが、当寺に来ていただいた際には、一度不動明王像の前で自分の迷いや厄を祓うイメージを持っていただき、お百度石の支柱を見て過去の人々の祈りの深さなどを感じながら最後に一願地蔵にお願いを伝えるという順序で巡っていただくのが良いかと思います。

編集部

素敵な巡り方ですね。人は一度決意しても何度も揺らいでしまうことが多い生き物だと思います。ですが、不動明王像の前で誓えば「ここで誓ったのだから」という思いで、その意志を貫けるかもしれませんね。

ご担当者様

ぜひそういった思いでお参りいただければと思います。

ご本尊は“2階”に配置。貸し教室で地域との交流も。

御本尊
編集部

では、寺院の建物で建築上の特徴を感じられるものはありますか。

ご担当者様

やはり建物の外観が近代的だという部分です。ホームページにも載せていますが、真正面の門構えなども一般的なお寺のイメージとは少し違うかもしれません。また、本堂が建物の2階にあるというのはかなり特徴的かもしれません。これは戦後に作り直した際、2階建てにするのなら阿弥陀如来様を下に置いて踏むのではなく、2階に置いた方がいいということになり、そういった配置になっています。境内には庭もあり、四季の植栽を感じていただくことができます。

編集部

本堂の場所貸しもされていると拝見しました。

ご担当者様

ヨガ教室や習字教室などを開きたい方にお貸ししています。この辺りはインバウンドの方が結構増えており、日本文化を感じられるような体験をしたい方にはぜひ来ていただきたいです。今、「寺ヨガ」も流行っていますので、ヨガインストラクターをされている先生が寺ヨガができる寺院を探してお問い合わせいただくこともあります。普通のスタジオではなく、お寺の本堂の中でやるというのが非日常的な時間を感じられて人気のようです。その後、大阪城への観光なども楽しんでいただければ嬉しいです。

編集部

こういった場所を貸していただける所が地域にあるととても助かると思います!

ご担当者様

こうした地域との交流事業も色々と尽力しており、区民祭りのお手伝いや、近隣の小中学校へ出向き子どもの安全を守る会などで生徒さんたちと直接お話をすることもあります。また、ボランティアで刑務所を出所された方の更生保護施設にも足を運んでおり、住職である私の父は住職以外にも保護司と言って、罪を犯してしまった方を更生させるためのお手伝いを35年ほど続けています。

ご住職
編集部

35年ですか!?それはすごいですね。

ご担当者様

お寺に来ていただくこともありますし、こちらから出向くこともあります。こうした活動が認められて藍綬褒章(らんじゅほうしょう)という内閣から授与される褒賞を授かったこともあります。お寺の活動に留まらず、地域に貢献できることとして保護司会の会長も務めていました。

藍綬褒章の写真
編集部

素晴らしいご住職様ですね!地域との方との交流のお話もありましたが、お寺で行われている行事で地域の方にご参加いただけるものはありますか。

ご担当者様

春分の日には春のお彼岸という形で、先祖の供養を行っています。4月には花まつりがあり、これはお釈迦様の誕生を祝うイベントです。夏にはお盆があり、ご先祖様を極楽浄土からお招きします。11月にはお十夜という行事で、お昼~夜にわたって阿弥陀仏に感謝し、念仏を唱えるという行事を行っています。他には秋の七五三や、結婚式の受付もしています。お正月には修正会(しゅしょうえ)という行事があり、年が明けてご先祖様と阿弥陀如来様に感謝し、今年も一年よろしくお願いしますとご挨拶する意味合いがあります。年末年始のお墓詣りでご先祖様に挨拶される方もいますし、夏のお盆のタイミングで来られる方も多くいらっしゃいます。

今後の展望

かつてこの洞泉寺は、地域の人々にとって困ったことがあれば洞泉寺へ、というように自分が困っているときに助けてくれる、解決してくれる拠り所のような存在でした。そういった歴史を踏襲しつつ、現代の世の中のニーズにも寄り添っていく「ハイブリッドなお寺」をテーマとして、今後も進歩し続けたいと思います。

葬儀法要のあり方、お墓参りの方法なども時代と共にその形が変わっていくかもしれません。そういった時代に取り残されず、新しい試みにも挑戦していきたいと思います。物理的にお参りが難しい方へも、お参りいただけるような仕組みを作り、来ていただいた方には、単純なお参り・法要だけでなく楽しんでいただけるワークショップのようなことも計画していきたいと考えています。

インタビューまとめ

大阪は昔から天下の台所と呼ばれ、秀吉が天下統一の際に最も重視していた土地でもあります。その大阪の中にあって、大阪平野の中に南北に伸びる高台が上町台地です。現在の大阪城・四天王寺・住吉大社の辺りに繋がっており、2000年以上前から大阪の歴史を見てきた場所です。

そんな上町台地に建つ洞泉寺は、市内の中でも歴史と格式を持つこの土地に相応しい、とても静かで穏やかな時が流れる寺院です。「この先も寺院としての形は変えず、時代のニーズに合った試みを行っていきたい」と語られるとおり、過去からの歴史だけでなく、ここから先の寺院の在り方も大切に考えられている寺院だと感じました。

保護司としても活動されるご住職様は、きっと広いお心で地域の方に接され、悩める方々を救われているのだと思います。この先もこの寺院を訪れる方の心が安らぎと温かさを感じられることを願っています。

洞泉寺

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この記事を書いた人

ラボ編集部のアバター ラボ編集部 編集者・取材ライター

歴史と文化遺産に情熱を注ぐ29歳の編集者、山本さくらです。子どもが1人いる母として、家族との時間を大切にしながらも、文化遺産ラボの立ち上げメンバーとして、編集やインタビューを担当しています。旅行が大好きで、訪れる先では必ずその地域の文化遺産を訪問し、歴史の奥深さを体感しています。
文化遺産ラボを通じて、歴史や文化遺産の魅力をもっと多くの方に届けたいと日々奮闘中。歴史好きの方も、まだ触れていない方も、ぜひ一緒にこの旅を楽しみましょう!

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